哀しい未来を防ぐために転生王子が奮闘するファンタジー『転生王子と陽国の神子姫』楠のびる


「ねぇ!    今日もいつもの話の続きが聞きたい!」

 

 

 私は服の裾をつかむ我が子の頭を撫でる。きっと私の顔には呆れたような苦笑が貼りついているだろう。

 

 

「また、『光の王子』の話がいいの?」

 

 

「うん!」

 

 

 元気に頷く。仕方がないわね。私が笑うと、我が子は早く早くと急かした。

 

 

 布団にくるまって目を輝かせている我が子の枕元に座る。

 

 

「そうねえ……今日は光の王子の筆頭執事の話にしましょうか」

 

 

「筆頭執事?   その人のお話はもう聞いたよ」

 

 

 一番最初の話だよね。我が子は下唇を突き出して不満げに言う。

 

 

「すごい泥棒さんだったけど、王子のことが気に入って仲間になったんでしょ」

 

 

「ええ、そうね。でも、彼が泥棒するまでは何をしていたのかしら」

 

 

「え、えっとぉ……」

 

 

 首をひねって考えている愛しい我が子の姿を微笑んで眺め、私はテーブルの上に置かれていた本を手に取った。

 

 

『転生王子と陽国の神子姫』。

 

 

 これはどこか陰のある筆頭執事の過去のお話。彼がどうして密偵をやることになったのか。そのヒミツのお話よ。

 

 

 私はその本のページを開いて朗々と読み上げる。喜色に染め上げている我が子の顔が淡い灯りに照らされた。

 

 

和風ファンタジーのような世界観

 

 私は穏やかに寝息を立てて眠る息子を置いて、部屋を出た。

 

 

 『転生王子と陽国の神子姫』は今までの『転生王子』シリーズとは少し違った世界観の話だ。

 

 

 新しく登場する国である陽国は古来の日本のような文化を持った国家として描かれている。

 

 

 そこは神子姫という未来予知ができる存在が頂点に立ち、預言によって国を動かしているという特異性を持つ。

 

 

 その国家形態は、どことなく、かつて卑弥呼という女王が治めていた邪馬台国を思わせる。

 

 

 こうしたところから見えるのは、やはり日本という国の特異性だ。

 

 

 陽国も日本も他国との関係を断ち、鎖国という政策を摂っている。それは他国の文化から独立する結果を生む。

 

 

 そのため、その国特有の独特の文化が出来上がるのだ。

 

 

 実際、世界中を眺めてみても、古来の日本のような文化は他にない。忍者や侍が外国人から見た日本の象徴になっているのも、それが日本にしかないからだ。

 

 

 鎖国政策がいいものであったかどうかは私にはわからない。でも、日本にしかない文化の数々が私は好きだ。

 

 

 外国の技術を取り入れるのは悪くないだろう。自国の中だけだと、技術の成長が遅く、視点が凝り固まって柔軟な思考が持てない。

 

 

 しかし、だからといって、日本文化の伝統を取り除くべきではないだろう。

 

 

 伝統と技術、それらを上手く天秤にかけることはできないものかな。近頃は、特にそんなことを考えさせられる。

 

 

待っているのは悲惨な未来図!   転生王子の未来を変えるためのファンタジー

 

 グランディナル大陸の北方に位置する大国グレイシス王国。かつて『憂いの大国』と呼ばれていたこの国は、徐々に大国の名に恥じぬ国へ変わろうとしていた。

 

 

 花街の道をひとつの小さい人影が小走りで駆けていく。そんな存在を館の二階の窓から見つけた者がいた。

 

 

 とても整った顔立ちだが、どこか軽薄な印象を与える青年だった。窓枠に腰かける姿は色気が漏れている。

 

 

 青年は、道を進む子どもを見つけて、つい口の端を持ち上げた。顔見知りの子どもだったからだ。

 

 

 グレイシス王国の王都中心部より離れた場所にある孤児院。その門を通り抜けたのは、学院入学前の少年だった。

 

 

 彼はこの国の第七王子ハーシェリクだということを王都中の人間が知っている。彼のおかげでこの国は救われたのだから。

 

 

 そんな王子ハーシェリクには、人に言えない過去がある。正確に言えば、過去ではなく前世だ。

 

 

 この世界とは別の世界の、地球と呼ばれる星の日本と呼ばれる島国で、とある会社に勤める事務員だった。どこにでもいそうな三十代のオタク干物女、早川涼子だった。

 

 

 生まれ変わったこの大国は、貴族たちの専横により食い荒らされ、父である国王は傀儡と化していた。

 

 

 ハーシェリクは運動能力は人より劣り、武技のセンスは皆無、魔力は欠片もなく、容姿は整っているが王族の中では地味で残念。

 

 

 だが、それでもハーシェリクは前世の知識や事務員スキル、そして持ち前の行動力で行動を起こし、頼りになる腹心たちとともに現在の平和を手に入れたのだった。

 

 

 隠し通路から帰還したハーシェリクを待ち受けていたのは、自分の執事と騎士だった。

 

 

 執事の名はシュバルツ・ツヴァイク。ハーシェリクはクロと呼ぶ彼は、見るからに不機嫌そうに待ち構えていた。

 

 

 騎士のオクタヴィアン・オルディスは瞳に同情の色を浮かべており、ハーシェリクは自分の置かれた状況を理解したのだった。

 

 

 居城区の自室のある外宮へと続く石通路を歩きながら、執事の小言を聞いていたハーシェリクは姉のメノウが離宮から戻ったと聞く。

 

 

 そのまま向かっていると、ひとりの姫君がこちらへと歩みを進めていた。噂にしていたグレイシス王国第二王女メノウである。

 

 

 彼女はなぜか突然ハーシェリクの腕を掴むと、自分の背後へ回し、クロと対峙する。

 

 

 彼女を落ち着かせようとメノウの手から逃れようともみ合いになる中、メノウと視線が合った時、ハーシェリクの視界にはまったく違う光景が映し出されていた。

 

 

 それは自分の筆頭騎士オクタヴィアンの過去の情景だった。

 

 

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