不吉な詐欺師が神を騙す『恋物語』西尾維新


 私は正直者である。今までの生涯で一度も嘘をついたことはない。

 

 

 と、自分で言うやつほど信用の置けない人間もいないだろう。かといって、私は嘘つきである、と自称すれば信じてもらえるわけでもない。

 

 

 そもそも、生涯で一度も嘘をついたことがないなんて人なんぞいるわけがないのだ。人間は誰しも嘘をつくのである。

 

 

 ならば、嘘つきとは誰のことを指すのか。人間は嘘をつく生き物であるならば、嘘つきとはつまり人間そのもののことである。

 

 

 なんて詭弁をつらつらと述べていても、嘘が悪いか悪くないかと問われると、悪いことだという結論は変わらない。

 

 

 嘘つきは泥棒の始まりなのだというのならば、私はさながら石川五右衛門やアルセーヌ・ルパンに次いで大怪盗として名を馳せることになるだろう。

 

 

 嘘つきが嘘つきを自称するとき、彼らは自分のことを嘘つきだと称すまい。嘘つきならば、正直者だと自称するはずである。

 

 

 ということを考えるならば、いわゆる『信頼できない語り手』なんてのは、読者よりも誰よりも、まずは作者の頭がこんがらがるであろう。

 

 

 『信頼できない語り手』の手法はアガサ・クリスティ先生の『アクロイド殺し』や芥川龍之介先生の『藪の中』なんてところにあるが、そもそも語り手なんてのは信頼してはならないものである。

 

 

 元を辿れば、物語なんてものは嘘の出来事をつらつらと書いたのであり、作家なんてのは詐欺師とすら言えるのだ。

 

 

 優れた作家はみな嘘の天才である。物語を作ることができなければ、嘘なんてものは到底つけないのだ。正直者は作家には向かないからやめた方がよい。

 

 

 ミュンヒハウゼンしかり、ジョルジュ・サルマナザールしかり、完成された嘘は、すでにもう一つの世界として物語たりえる。

 

 

 物語。それこそがまさに嘘の集大成だと言える。嘘が織りなす芸術である。

 

 

 西尾維新先生が書いた『恋物語』はまさしく嘘の物語だ。そこに書かれているのは嘘か、真実か。

 

 

 そう考えるならば、西尾維新先生ほどに嘘が巧みな人もまた、そうそうおるまいとすら思うのだ。

 

 

嘘つきは誰か?

 

 私が嘘つきだと? お前はどの口で私を非難するのか。ああ、その口で、か。なるほど、なるほど。

 

 

 だがしかし、だ。逆に問おう。お前はどうして自分が嘘つきではないと言えるのだ?

 

 

 たとえば、喧嘩を先生に咎められたとき、お前は公正な目線で自分と相手のどちらが悪いかを判断して伝えられているのか。

 

 

 いいや、できないだろう。喧嘩は自分が悪いと思いながらやるものじゃない。相手が悪いのだと信じているからこそ起こるものだからだ。

 

 

 先生に怒られたとき、お前は必ず相手が悪いように聞こえるよう誘導するはずだ。無意識のうちに。あるいは意識して。

 

 

 それは嘘つきとは言わないのか。人を貶める嘘という点で、私の嘘と、お前の嘘と、いったい何が違うというのか。

 

 

 つまるところ、人は嘘をつかずして生きることのできない存在だ。嘘をついてはいけません、というのがそもそも嘘だ。

 

 

 嘘はわかりやすく悪であり、人は悪を憎むものだが、まったく嘘をついたこともない正義なんてものがいるのか。いや、いないだろう。

 

 

 わかりやすい悪よりも善の皮を被った悪の方が、よほど悪辣だ。本人が善だと信じているからこそなおさら性質が悪い。

 

 

 それで? お前はどっちだ? 悪か、それとも悪辣か。

 

 

詐欺師の語る戦場ヶ原ひたぎと阿良々木暦の恋物語

 

 この件からお前たちが得るべき教訓は、本に書いてある文章なんてすべてがペテンだということだ。紙に書かれた文字は総じて嘘だ。営業文句を鵜呑みにするな。

 

 

 俺に言わせれば本など、信じる方がどうかしている。ここで言う俺とは、つまり俺、詐欺師の貝木泥舟ということになるが、それだって真実だとは限らない。

 

 

 人は真実を知りたがる。あるいは、自分の知っているものを真実だと思いたがる――つまり真実が何かなどは、二の次なのだ。

 

 

 人間はストレスに弱い。自分の過ごしている世界が、周囲が、信用に足るものだと信じたい。安心したい。だから疑心暗鬼に陥らずに、信じる。

 

 

 損したくなければ、疑え。損して得とれと言う言葉を、疑え。真実を知りたければまず嘘を知れ。それで精神を病んでもいいではないか。

 

 

 俺は物語を語る上での最低限のフェアプレイと言う奴さえ、守る気はさらさらない。

 

 

 卑怯千万ライアーマン精神にのっとりアンフェアに語ることを誓う。好きなように嘘をつくし、都合よく話をでっちあげるし、真実を隠したり、真相をごまかしたりする。

 

 

 ではでは。虚実入り交じる描写、あることないこと織り交ぜて、戦場ヶ原ひたぎと阿良々木暦の恋物語を、語らせてもらおう。

 

 

 それでは面白おかしく。最後の物語を始めよう――なんて、もちろんこれも嘘かもしれないぜ。

 

 

 その日、俺は日本・京都府京都市の、とある有名な神社に来ていた。その日は、一月一日だった。元旦である。

 

 

 信じる、ということは、騙されたがっている、ということだと、俺は思っている。そしてそれこそが、俺が元日から神社を訪れ、連中を眺めている理由だった。

 

 

 善良な一般市民。疑うことに臆病な、一般市民。こうはなるまい、こうなってはおしまいだ、と思うために、俺は毎年元日には、神社を訪れるのだった。

 

 

 気分が塞いだ時や、商売が失敗して落ち込んだ時なんかには、俺はどこぞの神社を訪れて、精神をリセットするのだった。

 

 

 いつだって愚か者はいるものだ。人間はいるものだ。そういう人間を眺め、こうはなるまい、こうなってはおしまいだと俺は思うのだった。

 

 

 そんな大事な日に、俺は電話を受けた。高校生から電話を受けた。

 

 

「もしもし、貝木? 私よ、戦場ヶ原ひたぎ」

 

 

 刀で斬りつけるような名乗りだった。声だけ聞けば、絶対に高校生だとは思わない。

 

 

「あなたに騙してほしい人間がいるの」

 

 

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