二〇二一年もすでにあと二か月で終わりを迎えようとしている。あっという間に過ぎていったような気がする。令和になって三年が過ぎ、四年目には、何が起こるのだろうか。
筒井康隆先生の『暗黒世界のオデッセイ』を読んで、「ああ、この頃は二〇〇一年すらも未来なのか」と、ノスタルジックな想いに囚われた。
『暗黒世界のオデッセイ』は一九七四年を生きる男が、少しだけ二〇〇一年を覗き見てみる、という小説の形を取った未来予想図である。
経済格差が広がり、最新技術を謳歌する富裕層と対照的に時代を退行したスラム街の暮らしを観測者として淡々と描いている作品である。
自動車の数は少なく、地下資源は技術の発展により一滴残らず搾り取れるようになった。富裕層が苦痛もなく無痛分娩をしている隣では、貧困層の女性が奇形児を生んでいる。
マンモス・スラムというスラム街は拡大の一途を遂げ、廃棄された自動車を住処にしている連中が屯しており、油断すると身ぐるみ残らず剥ぎ取られることになるだろう。
幸いにも、この本に描かれている未来よりもさらに二〇年先の時間軸にいる私は、この小説に描かれた暗黒世界が未だ訪れていないことを知っている。
経済格差が広がってはいるものの、貧困層であっても全体的に生活水準が持ち上がり、今では飽食の社会とすら言われている。
方針の転換が功を為したか、大気を汚染するガソリン車は下火となり、代わりにハイブリット車や電気自動車などが誕生した。
治安の悪い都市こそあれど、スラムほどとは言えないだろう。貧困層であっても、食に困らない現代は、どうにか人間としてのモラルを保つことができている。
私たちの今いる世界線と、作中の世界線とでは、大きく隔絶している。現代社会の技術革新は当時は予想すらできなかったであろう技術の誕生によって、予測すら立たないほどに技術が加速したのだ。
その転換期となったのがネット。インターネットの普及であろうと私は思う。スマホなる機械を誰もが手にしている世界だなんて、誰が予想できたというのだろう。ネットによって世界は一度、がらりと姿を変えた。
しかし、この作品の予測の中で、当たっているものがある。それは、人口の爆発的増加である。医療技術の発展がそれに拍車をかけている。
大家族というものは少なくなった。だが、それでも人口の増加は止まらない。寿命が延び、人口が増える。だからこそ、現代のような高齢化社会になった。
医療技術の発展は素晴らしいが、寿命が延びることに限るならば、良いことばかりではない。すでに年金制度などをはじめ、さまざまなところにガタがきている。
二〇二一年を象徴するものといえば、やはりコロナウイルスの流行だろう。感染症は今までも人間の歴史の中で幾度となくその脅威となってきたが、コロナウイルスもまた、社会を瞬く間に変貌せしめてしまった。
今や、マスクなしで外を歩く勇気はない。通勤を取りやめ、リモートワークなどをはじめとするネットを活用したオンラインの世界により深く入っていくこととなった。
筒井康隆先生が予測した未来の「暗黒世界」は、その多くが実現しなかった。しかし、現代の私たちが住まう世界もまた、ひとつの「暗黒世界」の形なのではないだろうかと、ふと思う。
黒々とした未来予想図
突然ではあるが、ぼくは今、なぜか二〇〇一年にやってきていて、日本でいちばん大きな都会の、都心部のハイウェイに立っている。
歩行者がこういうところに立っていてはいけないのだが、二〇〇一年を観察するために一九七四年からやってきた一種の透明人間ということになっているので、誰からも咎められる心配はない。
車の数は少ない。昔の約三分の一ぐらいである。乗用車の変貌ははなはだしい。悪夢に近い奇妙な形態をしていて、やたらに装飾部分が多く、そして大きい。
二〇〇一年のハイウェイを走る車のほとんどは、まだガソリン、LPGを使っていた。なぜまだ石油が涸渇していないのかというと、採取不可能と思われていた原油が、採取技術の発達で効率よく採掘されはじめたからである。
附近の空気は苦く、長く呼吸し続けていると咽喉がしくしくと痛み出す。むろん車が排気ガスとして吐き出す一酸化炭素と、その中に含まれている鉛の微粒子のためだ。
ここまで書き進めてはきたものの、資料や知識に乏しく、集めてきた資料も書こうとする時にはすでに古くなっていて、未来予測どころか現状把握さえ困難な一SF作家の悲哀を感じなければならない。
おことわりしておきたいのは、個人の未来予測、つまりぼくの心に浮かぶ未来風景は、どうしても近視眼的になってしまうということである。
読者は何を期待しているかといえば、これはいうまでもなく作家としての想像力や描写力に期待している筈で、だからこそぼくも極力数字を省き、なまなましく書こうと努力しているのである。
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