僕の母はいわゆる典型的な教育ママだった。
とにかく高い成績を取って良い大学に行くことこそが僕の幸せにつながるのだと言っていた。
僕にとって母の言うことは絶対だった。だから、友達と遊ぶ時間も惜しんで勉強した。
しかし、僕の成績はお世辞にも良いとは言えなかった。良くて上の下、中の上くらいが僕の立ち位置だった。
だから、テストの度に母に怒られた。僕は何も言うことができず、ただ俯いて母の怒声を聞いていた。
そのたびに、もっと頑張って勉強しなくちゃと思った。そうしないと、良い大学になんて入ることはできない。
だから、自分の時間を削って勉強した。しかし、いくら勉強しても僕の成績は伸びなかった。そしてまた、母に叱られる。
クラスメイトたちの中には、僕を遊びに誘ってくれる人もいた。しかし、僕はそんな彼らを遊んでばかりいると見下して断っていた。
やがて、彼らは鬼気迫る表情で根詰めて勉強している僕を遠巻きに見るようになった。僕は休み時間にもただひとり勉強を続けていた。
僕は母の言うことを聞くだけの人形だった。僕の行動に僕自身の意思はまるでなかった。
そんな自分に疑問を覚えるようになったのは、ある本を読んでからだった。
それは宗田理の『ぼくらの七日間戦争』という本である。なぜその本を選んだかと言うと、読書感想文のおすすめ本に載っていたからだ。
今まで僕にとって自分の感想を持つことができず、正解がない読書感想文は鬼門のようなものだった。
だから、まさか、この時に仕方なく読んだ本で人生が変わるほどの衝撃を受けるとは思いもしなかったのだ。
自分自身の意思で!
私は開いていた本を閉じた。何度も読み返したそれはページが茶色く変色し、くたびれている。
若い頃の私は到底人間であるとは言えなかった。母の言うことをただ聞いていた私の心からは私という自我そのものが欠如していた。
私はまさしく母の人形であったのだ。私の人生は母が持つマリオネットの糸でがんじがらめにされていた。
私はただ母に褒めてもらいたかっただけなのだ。よくできたね、と頭を撫でてほしかった。
しかし、母にとって私は自分が見栄を張るための道具でしかなかった。しかも、大層出来の悪い道具であったろう。
『ぼくらの七日間戦争』を読んだ後の私は、自分の変化に戸惑っていた。心中に母に対する疑問がいくつも生まれてきていたのだ。
私がマリオネットの糸に気づいて、それを断ち切ったのもこの頃である。
私は自分を追い込む勉強をしないようになった。勉強時間が減って空いた時間は友人との交流を深めた。
母はもちろん怒ったが、私は耳を貸さなかった。母が本当に大事なのは、私ではなく世間への体裁だと知ったからである。もう糸は断ち切れたのだ。
私は良い大学には入ることができず、結局、中位ほどの大学に入学した。良き妻にも恵まれ、玉のような息子もかわいい。
今の私の人生は幸せである。母の言うとおりにしていれば、もしかすると、もっと幸せであったかもしれない。
しかし、私という人間を壊して得た人生に幸福はあるのだろうか。私は母を思い出すたびにそう思えてならない。
大人の言う「幸せ」は良い会社に勤めて一生を過ごすことである。学校は上司の言うことをよく聞く会社員を作り出すための施設だ。
幸せの道はひとつではない。そして、それは必ずしも親や教師が指し示すところにあるとは限らないのだ。
大人の身勝手に反旗を翻す子どもたちの青春
一学期の終業式が終えた後、中学校の1年2組の男子生徒全員が忽然と姿を消した。
事故か。それとも、誘拐か。残された大人たちは困惑と不安に惑うばかりだ。
そこに、奇妙な電話がかかってくる。無機質な声である。午後七時にFM放送を行うというものだった。
午後七時のラジオから流されたのは解放区放送という謎の番組とアントニオ猪木のテーマ『炎のファイター』、そして、学生運動が盛んだったころの日大全共闘の詩である。
姿を消した子どもたちは荒川の河川敷にある荒川工機という廃会社を拠点として、大人たちから解放された子どもだけの解放区の建立を宣言した。
彼らはそこにバリケードを張って大人たちへの反旗を翻したのである。
こうして大人と子どもたちによる七日間に及ぶ戦いが始まったのであった。
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