津軽が舞台の方言青春ストーリー『いとみち』越谷オサム


 私はひとりの女の子が気になっている。

 

 

 いつも教室の隅で、誰とも話すことなく、静かにひとりで本を読んでいる子。小柄で華奢な、かわいらしい女の子である。

 

 

 しかし、彼女は滅多に口を開いてくれない。その理由は同じクラスの人間ならだれもが知っている。

 

 

 彼女は転校生だった。恥ずかしそうに頬を赤らめてもじもじする姿はかわいらしくて庇護欲をそそった。

 

 

 それは他の子たちも同じだったのだろう。男の子も女の子も彼女にどう話しかけようか、そわそわしていたように思う。

 

 

 しかし、その空気は彼女が発したひと声で一変した。

 

 

「よ、よろスクお願い、します……」

 

 

 くすくすと誰かが笑う声がした。彼女はただ、顔を赤くして俯くばかりだった。

 

 

 彼女はそれ以来、話すときには小さな声でぼそぼそと口を開くだけになった。最初の頃は彼女に話しかけていた子も、そんな彼女のもとから離れていく。

 

 

 そうして彼女はひとりになった。

 

 

 笑ったのはカーストでも上の方にいる派手な女の子たちだった。彼女たちは彼女の変わったイントネーションと発音をあからさまに蔑んでいた。

 

 

 それに追従するようにカースト下位の女の子たちも彼女に話しかけなくなる。派手な子たちを嫌っているグループはたまに話しかけているのを見かけたが、それも最近はなくなった。

 

 

 男の子たちは彼女と話しかけたくとも踏み出せないようだ。運動部の活発な男の子たちは彼女に興味すら示していない。

 

 

 彼女が話さなくなった理由はわかっている。方言を笑われたからだ。多感な女子高生にとって、大勢の前で笑われるのは怖ろしい。

 

 

 私は彼女と話したいなと常々考えていた。しかし、その勇気が出ない。

 

 

 私は派手な方ではないのだ。カースト上位の彼女たちに目をつけられれば、私の平穏な学校生活が終わりを告げる可能性がある。

 

 

 ズルい人間だな、と私は自嘲した。自分の中にある天秤の存在自体が卑しい人間性の象徴であるかのように思えた。

 

 

 最近、読んだばかりの『いとみち』という小説を思い出した。方言が抜けない主人公のいとを見て、彼女みたいだなって思った。

 

 

 彼女が最初にした挨拶は彼女なりの第一歩だった。それを私たちは嘲笑ったのだ。

 

 

 ふうと深く息を吐いて、立ち上がると、私は彼女のもとへと向かう。彼女は歩み寄ろうとした。それなら、次は私の番だろう。

 

 

 女の子が使う方言で一番かわいいのは京都弁だと言われている。次点に続く関西弁も気さくでかわいいし、広島弁も近頃はかわいいとされている。

 

 

 彼女は東北の方の方言だった。それはたしかに関西弁や広島弁と比べると、どこか見劣りするかもしれない。

 

 

 でも、彼女の方言はとてもかわいいと思う。特に、訛ってしまった後に恥ずかしがるのが堪らない。あの初めて私から自主的に話して仲良くなった後は、なおさらそう思うようになった。

 

 

 最初の頃は警戒されて全然話してくれなかった。いつもの小さな声でぼそぼそ言うだけだった。

 

 

 しかし、粘り強く話しかけ続けているうちに、だんだんと心を開いてくれて、今では普通に遊びに行く仲だ。

 

 

 方言は地域ごとの特色にだけとどまらない。方言もまた、彼女のかわいさのひとつだ。

 

 

 方言を笑われてショックを受けるのは当然だろう。だって、それはその人の地元愛の表れで、その人自身の個性のひとつなのだもの。

 

 

 方言をおもしろがる人なんかもいるけれど、方言を欠点ではなく魅力として捉えてほしい。

 

 

 そうしたら、きっと、彼女みたいにかわいい笑顔をみんなが見せてくれるはずだから。

 

 

方言少女が頑張る青春ストーリー

 

 青森の高校に通う女子高生、相馬いとは今日から働くバイト先の店の前で立ち尽くしていた。

 

 

 津軽訛りのせいで上手く友達も作れず、ひどい人見知りで人と話すことすらも難しい。

 

 

 そんな自分を変えたい。そう思って接客が必要なカフェのバイトをすることにしたのだ。

 

 

 でも、あの時のわぁは、よりにもよってなんでメイドカフェにしたの。いとは過去の自分にそう言いたかった。

 

 

 トドみたいなオーナーと、やさしそうな店長。ちょっと怖いシングルマザーの先輩、幸子。明るいお調子者の先輩、智美。落ち着いた雰囲気のカフェに、大人しい常連客。

 

 

 真新しいメイド服に苦戦しながらも着てみれば、鏡に映るのは今までとは全く違った自分の姿。

 

 

 背の小さな、長い髪のメイドさん。似合っている。自分で言うのもなんだけど、かなりかわいい、はず。 

 

 

 でも、慣れない服装で動き回るのは難しく、ドジないとは失敗ばかり。足が絡まってこけたり、掃除もうまくいかなかったり。

 

 

 開店時間になって、カフェの入り口の扉が開く。入ってくるお客様に、おどおどしながらいとは教えられた通り頭を下げて。

 

 

 お、おけえりなせえまし、ごスずん様。

 

 

 頭が真っ白になった。

 

 

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