華々しい書店大賞の陰に蠢く陰謀『ようこそ授賞式の夕べに』大崎梢


 今年の本屋大賞は――。華々しい文字が目につく。私はそのキラキラしいフォントに惹かれて、思わずその本を手に取った。

 

 

 本屋大賞、というものを、最近になってよく耳にするようになった。なんだろう、と首を傾げたものだけれど。

 

 

 芥川賞や直木賞とは違うのだろうか。最初は、そんな程度のことしか思わなかった。けれど、今はむしろ、それらの伝統的な賞よりも目を引くことが多い。

 

 

 『流浪の月』『かがみの孤城』『蜜蜂と遠雷』『コンビニ人間』『君の膵臓をたべたい』『とっぴんぱらりの風太郎』『海賊とよばれた男』『ビブリア古書堂の事件手帖』『ペンギン・ハイウェイ』

 

 

 今まで読んだことがあって、おもしろいと感じた作品も、多くがこの賞を受賞しているのに気が付いたのは、随分と後のことだった。

 

 

 本屋大賞には、今までの賞にはない、ある特徴がある。それは、作家や文学者と違い、投票しているのが書店員だということだ。

 

 

 読者と本を出会わせてくれる人たち。そんな書店員こそが、もっとも「本と読者」を知っているのだ、と、そんな考えのもとに設立された賞であるらしい。

 

 

 なるほど、たしかにそうだ。客の声を聞き、日頃から本を見ている彼らほど、私たちに身近で声を聞くことができる存在はいないだろう。

 

 

 そういえば、最近、そんな本屋大賞を描いた作品を読んだ。『ようこそ授賞式の夕べに』という作品だ。

 

 

 これは書店員を主軸に据えたミステリ「成風堂シリーズ」の特別編で、作者の別シリーズの作品のキャラが登場しているという。

 

 

 本屋大賞ならぬ書店大賞の実行委員会。そこに、不穏な異彩を放つ謎めいた怪文書が届く。

 

 

 その怪文書の謎を解くため、福岡の書店に勤めている花乃は、書店の間でも話題になっている書店限定の名探偵、多絵と杏子に会うことを決める。

 

 

 彼女がその謎にこだわる理由とは何か。怪文書を送った犯人は。全ての鍵は、書店大賞が始まった頃の、陰の立役者と言われていた男の最期が関係していた。

 

 

 なんていう、話。「成風堂シリーズ」はずっと読んできたお気に入りのシリーズだけれど、今までの短編集や長編である『晩夏に捧ぐ』とは少し違うような雰囲気を持っていた。

 

 

 視点が次から次へと変わっていく。人間が錯綜し、そして、最初は分かれていた彼らの辿り着く真実がやがてひとつの道にまとまっていくのが、何とも言えず心地いい。

 

 

 何より、私は知らなかったのだ。本屋大賞の裏にあった事情を。彼らがどんな想いで、その大賞を選ぶという慣習をつくりあげたのかを。

 

 

 ネットで本を読めるようになり、若者たちの活字離れによって、本屋はますます苦境に立たされている。

 

 

 そんな彼らを鼓舞するために立ち上げられたのが、本屋大賞だ。そこには、書店員たちの、いや、本を愛する人たちの想いがあるのだ。

 

 

 本屋大賞。この文字を本の帯に刻むために、多くの人たちが動いている。彼らがいたからこそ、私はこの本と出会うことができたのだ。

 

 

八年前の真実

 

 朝食を食べ終え窓に目を向けると、空はいくぶん明るくなっていた。さっきまで降り出しそうな雲が低く垂れこめていたが、天気は回復に向かっているらしい。

 

 

 さあ、行こう。特別な日だ。全国の書店員が一堂に会する、さまざまな思いの込められた日になる。すべてうまくいきますように。すべて、すべて。

 

 

 いつものように従業員出入り口にある警備員室の前で、花乃は朝の挨拶を口にした。

 

 

 朝馴染みの警備員が頷き、花乃の抱えているカバンに目を留める。花乃は視線を気にしてカバンを少し持ち上げた。

 

 

「今日、これから東京なんです」

 

 

 詳しく聞きたそうにする相手に会釈して、下りてきたばかりの従業員エレベーターに滑り込んだ。開店前の時間だ。

 

 

 八階に到着し、エレベーターを降りて通路を行くと、一番つきあたりに煌々と明かりの灯る一角がある。花乃のバイト先、「はちまん書店」福岡店だ。

 

 

「おはよう。あれ? 今日は東京じゃなかったっけ」

 

 

「これから行きます。飛行機の切符もホテルの予約も取りました。ひとりじゃ心細いんですけど」

 

 

 今宵のイベントの、参加資格はいたって単純だ。社員、パート、バイトを問わず、現役の書店員であること。前もってエントリーし、書店大賞に自分の票を投じること、この二点をクリアすれば誰でも参加できる。

 

 

「何時の飛行機だっけ」

 

 

「九時半です」

 

 

「羽田に着くのは十一時過ぎね。それからどうするの? 行ってみたい書店があるんだっけ。どことどこ?」

 

 

 心配のあまりため息がちだった中林が、にわかに目尻を下げる。花乃も自分なりのプランを立てていたのだけれども。

 

 

「私、名探偵のいる書店に、行ってみようと思うんです」

 

 

「ちょっと待って。花ちゃん、名探偵マニアだった?」

 

 

「書店の謎を解いてくれる人であれば、いいんです。書店大賞の事務局に届いた怪文書、あの謎を解いてもらいたいんです」

 

 

 中林が名前を呼ばれて気がそれたうちに、にっこり笑顔で手を振った。後は中林の返事を待つことなく書店のフロアから離れ、急ぎ足で従業員エレベーターへと向かった。

 

 

 ほっと胸をなでおろす一方、新たな緊張感がこみ上げる。花乃は精一杯背筋を伸ばし、自分を励ますように声に出して言ってみた。

 

 

「名探偵に会いに行こう」

 

 

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