私たちはどこへだって行ける『人生はどこでもドア』稲垣えみ子


 私は子どもの頃、『ドラえもん』が大好きだった。自分の机の引き出しから、彼が出てきてくれないかなと、そんなことを夢見ながら、いつも布団に入っていた。

 

 

 いろんなことができる、夢のような未来の道具。ドラえもんのポケットから出てくるそれらを、私はいつも目を輝かせて見ていた。

 

 

 タケコプターやタイムマシン、もしもボックス、スモールライト、魅力的な道具はたくさんある。

 

 

 けれど、私が一番好きだったのは、『どこでもドア』だ。一見すれば、ただのハリボテのドア。けれど、その扉を開けば、自分が望むところにあっという間に行くことができる。

 

 

 その道具が現実には存在しないのだと知ったのは、いつのことだったか。それっきり、私は次第に『ドラえもん』も観なくなっていった。

 

 

 随分と久しぶりにそのことを思い出したのは、ひとつの本を見たからだった。それは、稲垣えみ子先生の『人生はどこでもドア』という作品だった。

 

 

 それは先生がリヨンで過ごした二週間の体験を綴った旅行エッセイである。でも、どうしてそんなタイトルをつけたのか。

 

 

 先生はたったひとりでリヨンに旅立ち、二週間を過ごすわけだけれど、驚きなのは、その始まり、旅に出かける前のことだった。

 

 

 女性のひとり旅となれば、危険もある。それも二週間の旅行ともなれば、万全の準備が必要になるだろう。そう考えるのが普通だ。

 

 

 それなのに、先生は何の準備もせずにリヨンに旅に出た。もちろん、いろんな困難に見舞われるのだけれど、周りの人たちの助けもあり、彼女はリヨンに受け入れられていくのだ。

 

 

 私たちはどうしても臆病になる。だからこそ、しっかりと準備をしようとする。それは誰でもそうだろう。

 

 

 でも、準備にも時間がかかる。お金もかかる。できない理由を探すのは簡単だ。そんな言い訳を繰り返しているうちに、時間はどんどん過ぎていく。そうして結局、できずに終わることになるのだ。

 

 

 人生はどこでもドア。それはつまり、私たちは行きたいと思い立ったら、すぐにその場所に行けるのだということ。

 

 

 準備をたくさんしなければいけないほど怖いのなら、そんなところには行かなくてもいいじゃないか。

 

 

 逆に、どうしても行きたいのなら、もうとっとと行ってしまう。細かいことなんて考えないで。

 

 

 『ドラえもん』は現実にいない。『どこでもドア』なんて現実にはない。だって、それは、私たちの心の中にあるのだから。

 

 

 未来の道具が起こしてくれる奇跡のような出来事。それはほんのちょっとの勇気をエネルギーにすれば、あっという間に現実にしてくれる。

 

 

 私の目の前にはどこでもドアがあった。子どもの頃から夢見ていた、そのピンク色のドア。私はそのドアノブに、そっと手を伸ばして、ガチャリと開いた。その先にあるのは。

 

 

世界旅行に行きたいな

 

 海外で暮らしてみたい。それは子どもの頃からの憧れだった。日本人はずっと昔っから長い間、海外に恋い焦がれてきたのだよ。海外に憧れるのが日本人である、と言ってもいい。

 

 

 それは、島国に暮らす者の宿命的なロマンなのかもしれない。自分たちは、所詮はちっぽけな世界でごちゃごちゃやっているにすぎないのだというコンプレックスかもしれない。

 

 

 そう、コンプレックス。私の場合は、その言葉がぴったりだ。海外生活の経験があると聞くだけで、その人が自分より何倍も大きな人に見えた。

 

 

 特派員になるという野望を胸に新聞社に入社した。だが平凡な一記者には、そのような地位へとつながる道は全く閉ざされていた、と知ったのは、入社してもう何年も経ってからだった。

 

 

 これはいかん。50歳を機に会社を辞めたのは、その理由のひとつが、「やりたいことができないうちに寿命が尽きてしまう」という危機感であった。

 

 

 もちろん、その「やりたいこと」のひとつとは、そう、憧れの海外暮らしだったのでありました。

 

 

 だが人生とはまったく思う通りには進まない。会社を辞めてヒマになるはずが、いざ辞めてみると、なんだかんだと仕事やらお誘いやら雑用やらが入ってきてしまった。

 

 

 これはいかん。発想の転換が必要だ、そうだ。「ちゃんと準備しよう」などと考えるから、いつまでたっても旅立てないのだきっと。

 

 

 自分で言うのもなんだが、それは画期的な発想の転換であった。「準備をしない」ことこそがカギなのだ。

 

 

 そう。あえて、余計な準備なんぞしないのである。いや、してはいけないのだ。普段の自分のままでこそ、海外暮らしが成功する確率が高まるはず、という思いつきに、とりつかれてしまったのであった。

 

 

 というわけで、その珍説だけを胸に、53歳の私はひとり、何の準備もせず、のこのこと、身一つで、まったく言葉もできぬヨーロッパへと飛び立ったのであります。

 

 

 もしこれが成功したらすごく画期的なことなんじゃ、という野望に燃えていた。何の準備もしなくても、いつでもどこでも夢の「海外暮らし」ができるってことになるわけですから。

 

 

 で、もしそんなことになっちゃったら、私の人生の可能性は飛躍的に広がるじゃありませんか!

 

 

 だってそれって、いうならば「どこでもドア」を手に入れたようなものだ。で、その結果やいかに? ということを書いたのが本書であります。

 

 

 ま、何はともあれ、笑いながら読んでいただけましたら嬉しく思います。

 

 

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