会社を辞めたあの日、最後の出勤日を終えて外に出た時、私は今後への不安と開放感を感じたことを思い出す。
「会社を辞める」と告げた時、多くの人から忠告された。「もうちょっと続けてみれば」という人もいたし、「次のことを考えてからの方がいい」という人もいた。
通して思うのは、辞めることを勧める人は、誰ひとりとしておらず、誰もがいろんな形で辞めることへの反感を示していたことだ。
次の職はどうするのか。そんなことを聞かれる。具体的な職業を提案してくれた人もいた。
辞めた後にまず、失業保険を受け取るためにハローワークに行った。別の就職先を探す行動をしていれば、失業保険が振り込まれる。
しかし、私は再就職するつもりはなかった。会社に行って働くということ自体に嫌気がさしていたからだった。
日本は会社社会。企業に所属しない労働の形が示されている現代ですら、会社に所属することを勧める。それが当然とでも言うように。
会社に所属しないという私の選択した生き方は、現代では珍しくもないのだろう。しかし、それでも、逆風は強く吹いている。
会社が払ってくれていた健康保険は国民健康保険に切り替えられ、厚生年金は高額な国民年金に切り替わる。
今の時代、年金なんてまともに返ってくるとすら思っていない。それでも、払わないということはできない。
私が仕事を辞めたきっかけになったのは、稲垣えみ子先生の『魂の退社』という本を読んだことだった。
著者は朝日新聞社に勤めていた。誰もが知っているような、大手の会社だ。憧れる人も多い、安定した会社と言えるだろう。
著者は五十歳にして、その会社を去る決心をした。会社を去った著者に待っていたのは、多額の支払い。
彼女は「日本が会社社会であること」を実感したという。会社に所属しない人に対して、日本という国はどこまでも厳しい。
家を借りることができない。クレジットカードも作れない。人から向けられるのは「もったいない」という言葉。せっかく安定した会社なのに、もったいない、と。
失業保険を受け取りながら、私は半年間ほど、何もせず過ごした。大学生の後輩と遊び、日がな一日中ずっと動画を見ていた。
失業保険の期間は過ぎ去り、働いていた頃の貯金を切り崩す。お金はどんどんなくなっていく。入ることがないのだから当然だ。
家賃が払えなくなったから部屋を引き払い、実家に戻る。ブログを始めたのは、その頃からだった。
親から勧められて地元のバイトを始めた。正社員だった頃と比べると給料は桁違いに少ない。
しかし、地味な事務作業は存外に気楽で、私の性格と合っていた。上司も温厚な人で、働きやすい職場だ。
給料に不満はない。正社員として働いていた頃は給料が多くても使う暇がなかったからだ。生きるだけのお金があればいい。
仕事を辞めたことで、もともと多いわけではない物欲がさらに少なくなっていた。今は、いっそパソコン以外はモノなんてほとんどいらないとすら思っている。
年金は免除申請をした。給料はほどほど。けれど、まだ私は生きている。会社に所属しないと生きづらい日本でも、生きられないわけではない。
今、働いていた頃よりも私は幸せだ。このままずっと会社で働き続けるという安定した未来よりも、先の見えない今の未来の方が、よほど楽しい。
そうだ、アフロ、しよう
アフロにしたことと会社を辞めたことに関係なんてあるわけないでしょう。そう言おうとして、ふと我に返る。
いやいやよく考えると、関係あるどころか、アフロにしてなきゃ会社を辞めていなかったかもしれない。
思い返せば小さい頃から優等生で、さらに時代の追い風も受けて、いい学校、いい会社へと恵まれ過ぎた道を歩いてきた。
そうして得た貴重な安定収入も仕事も将来の年金も、アフロが一瞬にして奪っていったということになる。どうなんだアフロ。
会社員生活というのはよいこともあれば悪いこともある。まあだいたい悪いことの方が多い。
将来は暗かった。そもそも会社の役に立つような優秀な社員じゃなかったし、頑張ってもそうなれそうな気もしなかった。憂鬱であった。そんな時、ふと思ったのである。
「そうだ、アフロ、しよう」
目論見や戦略があったわけではない。とにかく何でもいいから変化が欲しかっただけである。
以来、人生は思いもよらぬ方向に動き始めた。四十代も半ばを過ぎて、まさかのモテ期が訪れたのである。
えーっと、人生って、もしかして、意外と、ものすごく馬鹿馬鹿しいものなんじゃないか?
私たちは自分の人生について、いつも何かを怖れている。負けてはいけないと自分を追い詰め、頑張らねばと真面目に深刻に考えてしまう。
しかし真面目に頑張ったからその分何かが返ってくるかというと、そんなことはないのである。そしてそのことに私たちは傷つき、不安になり、また頑張らねばと思い返す。
そして、その繰り返しのうちに人生が終わっていくのではないかと思うと、そのこともまた恐ろしいのである。
しかし、もしや幸せとは努力したその先にあるのではなくて、意外とそのへんにただころがっているものなんじゃないか?
そう思ったら、会社を辞めるって、意外にそれほど怖いことじゃないんじゃないかと思えてきたのである。
で、実際にやめちゃったわけですが、ひとつだけ言っておきたいのは「意外と何とかなる」ということだ。
いやいや本当に、幸せとはそのへんにころがっているものなんじゃないでしょうか。それなのに、みんなそれに気付いていない。ころがっていても見ようとしていない。それはどうしてなのでしょう。
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