小説の書きかた講座『マナーはいらない』三浦しをん


『舟を編む』という作品が、印象に残っている。馬締という独特の雰囲気を醸しているキャラクターと、相反するような、辞書づくりに対する鮮烈な情熱は、当時の私の心に深く刻まれた。

 

『舟を編む』を書いたのは、三浦しをんという作家先生であるらしい。『風が強く吹いている』『神去なあなあ日常』『まほろ駅前多田便利軒』などの著作を持っている。

 

思えば、『舟を編む』よりも以前から、その名前はしばしば見かけていたように思う。特徴的なタイトルや、「しをん」という不思議な響きの名前は、書架の前を通り過ぎる時でもつい、視線が引き寄せられてしまうのだ。

 

『マナーはいらない』は、そんな先生が書いたエッセイである。小説の書きかたについて、先生の気付いたこと、感じたことが書かれた、いわゆる「小説の書き方指南本」でもある。

 

「フルコース仕立てにしてみた」という先生の前書きの言葉通り、この本は小説家になるべく必要な心得が料理のように出されてくる。アミューズブッシュ、オードブル、スープ、魚料理、肉料理、皿だ、チーズ、デザート、コーヒーと小菓子、食後酒、そしてお口直しだ。

 

そのそれぞれで、推敲、人称、構成、比喩、時制、セリフ、情報の取捨選択、取材、タイトル。描写など、さまざまな視点から先生自身の小説哲学が記されている。

 

私もまた、小説家志望の端くれ、作家として華々しい活躍をしている三浦しをん先生は、当然、憧れの人物でもある。

 

そんな人の考えが聞けるのだから、心も踊るというものだ。語り口も堅苦しくなく、むしろジョークや自虐を交えて気楽に書かれているおかげで、読んでいても楽しいし、読みやすい。

 

何より、この本を読んだおかげで、私自身の文章の至らない点や、自分でも思いつかなかったような欠点が、次々と見つかったのである。

 

SF作家の巨匠、筒井康隆先生はこう言っている。「小説は自由なものだ」と。まさにそこが、小説の魅力ではないかとすら思う。

 

俳句や短歌のように難しいルールがあるわけじゃない。まさに、小説は自由なのだ。マナーはいらない。

 

だが、だからこそ、そこには明確なやり方が存在しない。私たちはいつだって手探りで、闇の中に手を伸ばしながら、一文字ずつを掴み取って小説を描くのだ。

 

書き方指南本もいろいろあって、自由だと言いながらガチガチにルールを縛っているものや、小難しい論文のようなもの、例題を載せるものなど、さまざまだ。

 

私もいくつか手に取って読んできた。けれど、読んでいて、勉強になるというよりも、それ自体を楽しんで読むことができたのは、この『マナーはいらない』くらいのものだった。

 

この膨大な料理を食べきれば、小説家になれる。それは近いようで、遠い。この海は、いったいどこまで続いているんだろう。

 

けぷ。ごちそうさまでした。

 

 

小説を書くための心得フルコース

 

本書は「WebマガジンCobalt」で連載していた、「小説を書くためのプチアドバイス」を一冊にまとめたものです。単行本化にあたって、書き下ろしやコラムを加え、タイトルを改めました。

 

そもそもなぜ、「小説の書きかた」について連載することになったのか。そう、あれは十四年ぐらいまえのことじゃった……。「コバルト短編小説新人賞」の選考をやらせていただくことになったのです。

 

さまざまな候補作を拝読するあいだに、「ここをもうちょっと気を付けると、もっとよくなる気がする」とか、いろいろ考えたり反省したりすることがありました。

 

それで、「じゃあ、小説の書きかたについて連載してみませんか。投稿してくださるかたの参考になるかもしれませんし」と言っていただいたのでした。

 

これまで渾身の作品を送ってくださったみなさま、そしてこれから投稿しようとしておられるみなさまへのお礼になればと腹をくくり、いままで私自身が小説を書いてきて気付いたこと、考えたことを、連載にぶちこみました。

 

ぶちこみすぎて、途中なんだか様子がおかしいことになっていますが、本書が少しでもご参考になれば幸いです。

 

『マナーはいらない』というタイトルには、「小説を書くのは自由な行いだから、細かい作法とか気にしなくてオッケーだぜ!」って思いをこめました。

 

しかし少々嘘もあるタイトルで、たしかに自由な行いなのですが、「ここを踏まえると、もっと自由に文章で表現できるようになるかもだぜ!」というポイントも確実にある気がします。なるべく例も挙げつつ説明するように心がけました。

 

「なんか妙なこと言ってらあ」と、お気軽に読んでいただければうれしいです。特に小説家志望じゃないんだけどなというかたも、エッセイ感覚で手に取っていただければ、さらにうれしいです。

 

本書の構成は、タイトルにあやかってフルコース仕立てにしてみました。いろいろツッコミどころのある当店へ、ようこそいらっしゃいました。手づかみで、あるいは寝ころがってなど、どうぞご自由にお食事をお楽しみください。

 

 

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