わかっている。わかってはいるんだ。彼らが言っていることは、正しいことなんだってことくらい。けれど、世の中が正しいことだけじゃあ、あまりにつまらないじゃないか。
子どもの頃、僕はふと空を見上げると、大きな入道雲がゆっくりと動いていることに気が付いた。
僕は心底驚いて、そして感動した。走って家に帰ると、真っ先に父親に「雲が動いていたんだよ!」と話した。
「そんなの当たり前じゃないか」
父が笑ってそう言った瞬間、僕の胸に溢れていた感動は、冷や水をぶっかけられたかのようにあっという間に冷めた。後に残ったのは、顔が熱くなるような恥ずかしさだけだった。
月日が経ち、大人になっても、あの時の父の言葉は、まるで楔のように僕の心に燻ぶり続けていた。
当たり前。当たり前のこと。僕は父から言われてからずっと、「当たり前」についてのことばかりを考えていた。
心の奥に何かが引っかかっていて、それでも取り出せないような、そんな感覚。そんな奇妙な魔力が、「当たり前」という言葉にあった。
僕があの本と出会ったのも、そういった奇妙な感覚がもしかしたら、僕とあの本を引き合わせてくれたのかもしれない。
『じぶんリセット』。ちょっと自爆スイッチのような怖さを感じるけれど、そんなことはなかった。
自分の中にある「常識」をリセットしてみよう。どうやら、そういう感じの本らしい。
水は高いところから低いところへ流れていく。煙は高いところに上がっていく。種を植えると花が咲く。魚は泳ぐのが得意。
人は生きていく中で、多くのことを学び、知識として吸収することで進化に適応してきた。
しかし、それとともに発展を遂げてきた「科学」の力は、あまりにも多くの知識を動かないままに与えてしまった。
今や、入道雲が動いていることに感動する子どもはひとりもいないだろう。現代の彼らは、スマホで調べればいくらでも情報なんて出てくる。
今の世の中の発見は、パソコンのディスプレイの中にある。それがどこか、僕には寂しく見えた。
『じぶんリセット』には副題がついている。『つまらない大人にならないために』という副題が。
何にでも理由をつけて明らかにする科学の力と、検索すればどんな情報でも出てくるネットの存在は、世の中の「当たり前」を増やした。
今はもう、「当たり前」ではないことなんて、ほとんど残っていない。どれもこれも、子どもでも知っている、当たり前のことなのだ。
私は「当たり前」という言葉が大嫌いだった。それはどこか、冷たく突き放すような、そんな雰囲気があるのだ。
そんなのは、「正しくない」から。間違っているから。何の役にも立たないから。
そもそも、間違いって、何だろう。その人自身が調べたわけでもないのに、どうして「正しくない」と言い切れるのか。
正しいものだけが許されて、役に立つものだけが肯定される。そんな世の中は、あまりにも寂しくて味気ないものになるんじゃないか。
間違いがあるからこそ、人生は楽しい。間違いを怖れ、正しいことだけを享受して人生を送るなんてことほど、つまらないことはないのだ。
ドラえもんの道具に、『もしもボックス』っていうひみつ道具があった。僕は受話器を取って、耳に当てる。
もしも、「当たり前」がこの世界からなくなったら。水は下から上へ流れ、煙は下へと沈み、種を植えると鳥になって飛び立つ。陸上で一番走るのが早いのは魚だ。
そんな世の中になったなら、きっと楽しい。何度もリセットし直して、ニューゲームできるなんて最高じゃないか。
「当たり前」をリセット
子どもの頃、「キリンとゾウが見たい」と親にねだって近所の動物園に連れていってもらったことがあります。すぐに飽きてしまったのですが、その日ずっと動物園にいて帰ろうとしませんでした。
その動物園の中に、座ると「ガタン」となるベンチがあったのですが、僕はこの「ガタン」が面白くて、ずっとそのベンチをゆすって日が暮れるまで遊んでいました。
今になってみると単純ですが、当時の僕にとってはこれがものすごく面白い遊びだったわけです。こういったことは大人にとっても実は大切なことなのではないかと思います。
ちょっとしたことを「面白い」に変えられる装置を自分の中に発見すること。それこそが世の中をもっとワクワクした気持ちで生きていくための最良の方法ではないかと、僕は思っています。
この本では、日常の「当たり前」をリセットし、今まで気づかなかった新しい価値を見つけ、ともすれば平凡でつまらない毎日を面白いものにするヒントをみなさんに受け取ってもらうことを目指しました。
そのためには、みなさんに「常識」のメガネを外してもらわなくてはなりません。
その方法のひとつとして僕がおすすめするのは、「もしも、○○だったら……」という仮定をいろいろな場面に当てはめてみることです。
それでは始めましょう。
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