その小説を読むと、海外のパニックホラー映画を思い出す。人間同士の諍いや欲望、閉ざされた空間の中での逃走劇、そして、次々と命を奪っていく巨大な怪物。
私はパニックホラー映画が好きだ。でも、そこに恐怖を感じるかと言えば、正直なところ、感じたことはない。
やはりそれは、『リング』や『呪怨』みたいな背筋が凍るジャパニーズホラーを生み出した国で育ったからか、あるいはヒーロー的な思想を持っている海外の感覚との違いか。
パニックホラー映画は、言うなれば、遊園地のアトラクションに近いものだった。逞しい男とグラマーな美女が怪物に立ち向かい、勝利する。ともすれば笑いすら起こるような、様式美の世界。
まさかそれが、この国、日本で、よもやミステリ小説と混じり合うなんて。それが、その小説を読んで最初に思ったことだった。
今村昌弘先生の作品と言えば、『屍人荘の殺人』や『魔眼の匣の殺人』みたいな、新機軸のミステリが魅力である。それらの続編となる『兇人邸の殺人』もまた、その例に漏れないらしい。
ミステリ愛好会の部員である葉村と比留子は、屍人荘の事件を引き起こした組織の情報を集めている。そんな彼らに依頼をしたのが、成島という人物だった。
彼からの情報提供を受け、葉村と比留子は、成島が雇った傭兵たちとともに、組織の元研究者がいるという屋敷、テーマパーク「馬越ドリームシティ」の「兇人邸」に潜入する。
しかし、その中で彼らが出会ったのは、大きな鉈を振り回す隻腕の巨人だった。彼らは閉ざされた屋敷の中で、巨人から逃げ惑うこととなる。
傭兵たちですら巨人には敵わず、次々と命を奪われていく中、巨人の仕業ではない、人間による殺人事件まで起こり、彼らは、互いに互いを疑い合う極限状態に陥ってしまう。
巨人は何者なのか。どうすれば生きて屋敷を脱出できるのか。そして、殺人事件を起こした犯人はいったい誰なのか。
次から次へと巻き起こる謎の奔流に、私は休む暇すらなく、読み進めていく他なかった。衝撃の結末まで一気に読み耽ってしまった。
真相を考えながら読み込んでいく感覚は、やはりミステリの楽しみだった。でも、読後感や、読んでいる最中の疾走感は、パニックホラー映画に近い。
それに加え、生き残った人間同士の、誰が犯人なのかわからない状態での協力関係は、読んでいて思わず手に汗握るドキドキがあった。
作中の探偵とともに犯人を推理しながらじっくりと読み進めていくミステリと、疾走感溢れるパニックホラー、この一見水と油のような二つが、これほどまできれいに混じり合うなんて!
ワトスン役として語り部を務める葉村と、名探偵比留子の関係がどのようになっていくのか、というところも、読んでいて気になるところだ。
今村先生の作品を読んでいると、ミステリの可能性の広さというものをどうしても感じざるを得ない。謎は至るところに潜み、謎あるところにミステリは生まれる。
私たちの日常にも、見回してみれば、いろいろな謎が潜んでいるのかもしれない。少し足を止めて見つめてみれば、その存在に気がつくのかもしれない。
私たちは生まれてからずっと、いろいろな謎に囲まれて生きてきた。科学が発展した現代もまだ、解明されていない謎はいくつもある。
謎を解く、というのが私たち人間の本能ならば、どうしてこれほどミステリに惹かれるのか、というのも、仕方のない話なのかもしれない。
……でも、兇人邸みたいな屋敷に閉じ込められるのだけは勘弁かな。
兇人邸の怪物
本物の監獄のようだ。それが目的の建物を前にした率直な感想だった。
人の気配の絶えた深夜。周囲を満たすのは風が起こすざわめきと雄大な山が放つ乾いた土の匂い。
私の前に立つ鉄柵は、左右に数十メートル延びている。高さは背丈の倍ほどもあり、内側に生い茂る木々の向こうに、皓々とした月の光を浴びて奇怪な屋敷はそびえていた。
ふと、遠い昔に国語で習った情景という言葉を思い出した。私の心情と重なるこの光景は、まさにそう呼ぶべきかもしれない。今まで逃れることのできなかった、後悔という名の闇にようやく希望の光が灯ったのだ。
それなのに。今の私は心の底では喜んでいない。むしろできることならここで時間を止めてほしいという醜悪な臆病さが、心にまとわりつく。そうだ。本当はこの日が来なければいいと思っていた。
ここに辿り着いてしまえば、自分が縋っていた儚い可能性が消えてしまう予感があったから。真実を知るといえば聞こえはいいが、きっと私はその真実によって徹底的に打ちのめされ、憎悪に身を委ねて残りの人生を過ごすことになるだろう。
つまり私が今からしようとしているのは、自罰的な確認作業でしかない。今からでも目をつむり、耳を塞ぎ、背を向けてしまいたい。けれど、行かなければならない。あの人はあそこで待っている。
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