昼と夜、本当のばけものは、どっち?『よるのばけもの』住野よる


化け物になりたい。そんな空想を、毎日のように頭の中に思い描いていた。そうすれば、人間であるからこそのあらゆるしがらみを、気にしないでいられるのに。

 

70人は『君の膵臓を食べたい』が好きだと言って、27人が『また、同じ夢を見ていた』が好きだと言って、3人くらいの人が『よるのばけもの』を好きだという。『よるのばけもの』はそんな作品だと、作者の住野よる先生は言っていた。

 

それなら、私はその3人の中のひとりなのだろう。いじめをテーマにした作品だというのもまた、私の心に刺さったのだ。というのも、それは決して、小説の中の他人事で終わることじゃないから。

 

「僕」こと「あっちー」は、夜になると化け物になる。忘れてしまった宿題を取りに行くために学校に忍び込んだ時、彼はその姿を見られてしまう。

 

その相手は、矢野という女子だった。彼女は「僕」のクラスメイトで、クラスの全員からいじめを受けている。化け物の姿を見た彼女は、なんと、彼の正体に気が付いた。

 

怪物の正体が「あっちー」だと言わない代わりに、彼女が校舎に忍び込んでいることを誰にも言わない。二人はそんな約束を交わして、互いに秘密の交流を交わしていく。

 

とろくて、おかしな話し方をする、いじめられてにんまりと笑う、風変わりな女子。昼の学校で見ている彼女とは異なる一面を知って、「僕」は次第に彼女に対する見方を変えていった。

 

昼の学校と、夜の学校。矢野さんへの凄惨ないじめを必死に見て見ぬふりをする「昼」と、化け物の姿で矢野さんと言葉を交わす「夜」が交互に繰り返されて、ストーリーは進む。

 

「よるのばけもの」というタイトルだけれど、「昼」のいじめているクラスメイトたちの方が、「夜」の彼女と僕よりも、よほど醜悪で、化け物らしい。というのは、なんて皮肉。いや、むしろそれこそが人間らしい、とも言うべきかも。

 

人間は、例えば、六つの足で、八つの目を持ち、黒い粒状の体をしている、つまりは作中の「僕」みたいな存在を見ると、まず「化け物」と叫ぶだろう。そして行動をする。きっと、攻撃するか、逃げるかの、二択。

 

でも、私が思うのは、化け物の側から見て、人間というのはどうなのだろう、ということ。二足歩行で、毛が少なくて。人間もまた、よほど醜い化け物ではないか、と。

 

いっそ、いろんなしがらみから醜悪な内面を抱えている人間よりも、化け物の方がよっぽど美しいのではないだろうか。私が化け物になりたいのは、そんな理由もある。

 

人間である限り、私たちは多くのしがらみに縛られたまま生きることになる。化け物であれば、法律もないし、勉強もしなくていい。クラスでのいじめなんてのも、気にしなくていい。

 

私のいるクラスでは、ひとりの男子が孤立している。他の男子にからかわれ、彼が怒る姿を、みんながニヤニヤしながら見ている。私もまた、その光景を見ているのだ。自分の感情に蓋をしながら。

 

ああ、本当に、どうして人間という醜悪な化け物に生まれてしまったんだろう。化け物になって、こんな奴らも、あらゆるしがらみも、ぺちゃんこに踏み潰せたなら、どんなに気持ちいいだろうか。

 

 

夜、僕は化け物になる

 

暗い部屋でひとり、寝ていても座っていても立っていても蹲っていても、それは深夜に突然やってくる。ある時は指の先から、ある時はへそから、ある時は口から。

 

今日は、目から黒い粒が一滴の涙の姿で零れ落ちた。止まらない涙のようなそれは徐々に勢いを増し、やがて滝のように両目から溢れる。うぞうぞと蠢く黒い粒は顔を覆い隠し、全身を覆っていく。

 

ともあれしばらくの後、六つの足を持つ獣のように変化した自分の体を、頭部にギョロリとむいた八つの目玉でようやく見ることができる。

 

この姿を初めて見た夜はあまりの驚きに体表の黒い粒が暴れ出し、部屋中のものを薙ぎ倒してまわったものだった。けれど、慣れてみれば、案外簡単に受け入れることができた。現代に生まれてよかったと思う。

 

変身時、最初の大きさは大型犬くらい。大きくなりたい場合は、自分の意思で黒い粒を動かせば山ほどにも大きくなれる。しかし今、部屋の中で大きくなる意味はない。

 

外に出かけよう。僕は軽やかに跳んで窓の僅かな隙間に体を滑り込ませ、二階にある自室を抜け出した。ニ十分ほど時間を使って、目的の場所に辿り着く。僕は文字通り背を伸ばし、塀の上から覗く。当然、誰もいない。

 

僕は早速塀の間にある小さな穴を通り抜け、校庭へと忍び込んだ。学校に行かなければ、だなんて思ったのは、気まぐれでも、中学校が大好きなわけでもない。宿題をロッカーの中に忘れてきてしまったからだ。

 

一歩一歩教室に近づく。僕は二組。教室の後ろ、ドアの隙間から中に侵入する。教室に入ってみると、小さな耳鳴りがうるさく聞こえるほど静かで、まるでひとつの違う世界に放り込まれた気になった。

 

僕は、さっさと自分のロッカーを尻尾で開ける。数学の教科書、問題集、プリント。自由に操れる尻尾でそれらを絡めとる。僕は何気なく黒板の方へと振り返った。

 

「なにし、てんの?」

 

僕しかいないと信じていた。目に映る、教壇に手をついて立っていた彼女の姿、あまりに突然のことに息が詰まり、声は出なかった。

 

 

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