「楽園」とは、どのことを指しているのだろう。ジョン・グリシャム先生の『狙われた楽園』を読み終わり、読後感に身を委ねながら私が思ったのは、そんな疑問だった。
楽園と聞いて、私がまず思い浮かんだのは、宮沢賢治の作品にみられる「イーハトーヴ」だった。宮沢賢治が心の中に創り上げた理想郷。「理想郷」は「楽園」とはまた違った意味を持つのだけれど、私の中での「楽園」のイメージは、まずそこから始まった。
物語は、レオという大規模なハリケーンの描写から書き出されている。その気まぐれな挙動と恐ろしさは、獲物に狙いをすます肉食獣のよう。
海外のハリケーンの規模は、日本の台風などとは比べ物にならないくらい規格外だ。そしてその中でもさらに巨大なレオの矛先は、ひとつの島に向けられることとなる。
それが物語の舞台となるカミーノ・アイランドである。その島に住む書店主のブルースは、作家の友人たちを招いて交流会を開いていた。いずれも、ひと癖も二癖もある作家ばかりである。
都会の喧騒やメディアの目から逃れられる、穏やかな島。まさに「楽園」とは、このことではないか。レオはカミ―ノ・アイランドに上陸し、猛威を振るった。その嵐が過ぎ去った後、作家仲間のひとりであるネルソンが、遺体となって発見される。
しかし、ストーリーはそこで急展開を見せた。ネルソンの死は、ハリケーンによる事故ではなく、何者かによって引き起こされた事件だというのである。
ブルースは、友人の死の謎を解き明かすべく、行動を開始した。その頃の彼は、その謎の先に潜んでいた、介護業界を牛耳る大企業の陰謀に辿り着くことになろうとは、夢にも思っていなかった。
植物状態になり、眠っている人たちのことを、私たちは誰もが「かわいそう」だと思っている。死ぬこともできず、生かされ続けている。心臓が動いているだけで、何もすることができない。
しかし、本当にそうだろうか。それは私たちの主観でしかない。彼らは夢を見ているのかもしれないではないか。この世とは比べ物にならないくらい、楽しい、幸せな夢を。
死にもせず、永遠に生き続けられる、幸せな世界。それもまた、「楽園」だと言えるのではないか。いや、それこそが、皮肉の込められた「楽園」という言葉の正体ではないか。
「楽園」という言葉には、さまざまなものが含まれているように思う。カミ―ノ・アイランドという架空の地名もまた、日本語で読むと、どこか示唆めいている。
ただ、いずれにせよ、この世に「楽園」なんてものは存在しない。それだけは、たしかなことだ。この物語に潜むのは、どこまでも生々しい、人間の醜い欲望をたっぷり詰め込んだかのような失楽園である。
もしかすると、私たちが夢見てきた「楽園」というものは、死に片足を踏み込んでいる、植物状態の人たちにしか、見ることができないのかもしれない。
長い年月を必死に生き抜いてきて、その末に寝たきりになった人たち。死は、人間が踏み入れてはならない、ひとつの聖域なのではないかと思う。
近頃の終末医療をはじめ、命を無理やりにでも長らえさせることが、果たして正しいことなのか。それは、カミ―ノ・アイランドを襲ったハリケーンのように、彼らの最後の楽園を奪い去る凶行なのかもしれない。
楽園に迫りくる脅威
レオは、七月下旬に大西洋の最東端、カーボベルデ西方およそ二百マイルのざわついた海域で生まれ、ただちに旋回を始めた。正式に命名されて、熱帯低気圧に分類されたが、数時間後には熱帯暴風雨に格上げされていた。
レオについては、その進路は誰にも予測できないことは、初めから明らかだった。並みの暴風雨よりはるかに気まぐれで危険をはらんでいたのだ。
レオはまさしく疾風怒濤の勢いで熱帯低気圧から熱帯暴風雨、そして本格的なハリケーンへと昇格していった。レオは気象予報士の気象予報モデルなど用はないとばかりに自分なりの考えを持って進んでいるようだった。
東に西に蛇行しながら北上を続けるレオがついに上陸するときには、歴史的な大災害が起こることは不可避に思えた。
だがそこでレオは減速した。アラバマ州モービルの南方三百マイルのところで左にフェイントをかけてから、ゆっくり東に向きを変え、がっくりと勢力を落としたのだ。
そのあとレオは、オーランドに十インチ、デイトナビーチに八インチの雨を浴びせてから、もう一度、熱帯低気圧となって陸を離れた。
気象予報モデルによれば、この後のレオは何隻かの貨物船をおどかすくらいで、そのまま会場で消滅するはずだった。
だがレオのもくろみは違っていた。セントオーガスティンの真東、海岸線から二百マイルのところで北へ方向転換し、急旋回を始めた。
天気図が再編成され、新たな警報が発せられた。それからの四十八時間、レオは着々と進み、力を蓄えながら、まるで次の標的をじっくりと選んでいるかのように海岸線に目を向けていた。
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