学歴主義の大人たちに打ち込む高校生たちの白球『僕らの青春 下町高校野球部物語』半村良


 勉強、勉強、勉強。いい成績をとって、いい大学に行く。青春なんてしてる暇はない。とにかく勉強しなければ、大学に入学できず、君たちは大層苦労することになるだろう。

 

 

 君たちの親や、先生たちはそう言ってきたでしょう。そして、それは決して間違いではありません。君たちにそう言ってきた大人たちは、自分の人生を経て学んだ経験をもとに、君たちに言っているのです。

 

 

 企業に所属する際に、学歴は非常にウエイトの大きな判断基準になっています。皆さんがいい大学に入れば、それだけ大きな企業に入るという選択肢が増えることになります。

 

 

 なぜ誰もが口を酸っぱくして言うのかというと、日本は学歴社会だからです。個性が大事だとか口では言っていても、結局、人が人を判断する時には学歴を見ているんです。

 

 

 ですが、正直なところ、私は皆さんにそうは言いたくありません。赴任してきたばかりの新人教師なので、他の先生方には内緒にしてくださいね。

 

 

 私は学歴で判断できるとは思っていません。というよりも、学校の成績なんて大した意味を持っていないと思っています。

 

 

 教師としてどうなのか、と思われるかもしれませんね。でも、これは私の本心です。

 

 

 皆さんは、半村良先生の『僕らの青春 下町高校野球部物語』という本を読んだことがありますか?

 

 

 読んだことがない方にはおすすめしておきますね。野球に興味がない方も、楽しめると思います。なぜなら、この作品に描かれているのはあなたたちだからです。

 

 

 学歴社会で、大学の進学のための受験勉強ばかりを押し付ける大人たちによって、青春を奪われてしまった子どもたち。ほら、同じでしょう。

 

 

 下町高校は進学率の高い学校です。なぜなら、形ばかりの部活はあるものの、「部活するよりも勉強しろ」というスタンスの学校だからです。

 

 

 しかし、そんな体制に不満を持つ生徒たちが出てきました。彼らは、学校に犯行をするために、ひとつのイタズラを思いつくのです。

 

 

 実は、彼らの学校には、実力の高い野球選手たちが何人か在籍していました。甲子園すらも目指せるほどの。

 

 

 そこで、彼らは学校側に隠れて、こんな企みをしました。一試合だけ、とてつもなく強い強豪校と試合をし、勝利する。そして、その後はしれっとした顔で勉強漬けの日々に戻る。

 

 

 そうすることで、受験ばかりを気にする学校側の鼻を明かそうとしたのです。と、これ以上が気になったなら、ぜひ読んでみてください。

 

 

 先生は、この本が大好きです。ここには学歴では決して見ることのできない、彼らひとりひとりの個性があるからです。

 

 

 与えられることをただ受けるばかりじゃなく、疑問を覚え、自分で考えて、行動する情熱と勇気。皆さんには、それを学んでほしいと思っています。

 

 

 全力で青春してください。将来のことなんて考える余裕もないくらい、今を全力で楽しんでください。皆さんには、そんな毎日を過ごしてほしい。それだけが、先生の願いです。

 

 

天才野球少年たちの企み

 

 東京都立下町高校は、国電総武線の江東町駅から歩いて十分ほどのところにある。生温かくて、東大あたりを狙っている高校生にして見れば、気が緩みがちな四月の風なのである。

 

 

「どうするんだよ」

 

 

 詰襟の学生服をきちんと着た駒田敬冶は、駅前の通りへ出ると足を止めて片山宗一に言った。

 

 

「こんな日に、帰って勉強かい。やる気ないな、俺は」

 

 

「誘惑するなよ」

 

 

「大学はいいけれど、受験勉強がくだらないんだ」

 

 

 書店を出た駒田は商店の並ぶ通りへ戻った。下校する生徒たちがまだぞろぞろと駅へ向かう中を、片山にカバンを持たせて学校の方へ進んでいった。

 

 

 都立下町高校の正門へ駒田敬冶と、片山宗一が入っていく。二人は校舎と塀に挟まれた北側の狭い通路を通ってプールへ向かった。

 

 

「俺だってまっすぐ帰りたくはないよ。ただ習慣で帰りかけていただけさ。こんな日にユニフォームを着てグラウンドを精一杯駆けまわれたら、どんなに気分がいいか」

 

 

「ユニフォームって、どんなユニフォームだい」

 

 

「野球のさ。でも、実際にやる奴はいないじゃないか。あるのは受験勉強だけだ。俺たちには受験勉強以外、何ひとつ許されちゃいないんだ。そうだろう」

 

 

 駒田と片山は生徒会室の横の入り口から校舎の中を抜けて校庭へ移った。駒田は校庭の突き当りにある大きなけやきの木めざして、足早に歩いていった。

 

 

 細い一方通行の道があって、その向こうにグラウンドがあった。グラウンドの土を踏んだ途端、白いユニフォームを着た一年生がひとり、猛烈な勢いで二人の目の前を走り抜けた。

 

 

「おう」

 

 

 ノックバットを手にした男が、バットを置いて足元のキャッチミットを拾い上げながら二人の方を見た。彼の本名は渋川正という。

 

 

「野球部再開かい」

 

 

 駒田がたずねた。渋川はニヤリとして見せると、外野から返ってくるボールを追って左へ走った。

 

 

「おい、グラブを貸してくれないか」

 

 

 帰ろうとする一年生を駒田は呼び止めた。ひとりが立ち止まり、使い古したグラブを投げてよこした。

 

 

「本当のことを言うとな、この学校は凄いプレーヤーが揃ってんだぞ」

 

 

「へえ、そうかい。そんなにうまい奴らがいるのか」

 

 

「たくさんはいないけど、一チームならギリギリ作れるよ」

 

 

「そういう連中を集めて、一回でいいから本式にプレーをして見たいな」

 

 

「俺、なんとかして野球をやってやる。こんなに名人が揃ってるのに、一度も試合をしないなんて癪だものな」

 

 

 片山と渋川はギョッとしたように駒田を見つめた。

 

 

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