ああ、忙しい、忙しい。今の作業を終わらした後は、次の作業が待っている。仕事に終わりはないのだ。だから、のんびりしている暇なんて私にはない。
本を読む? 論外ですよ。どこにそんな時間があるというんです? 私が答えると、上司は呆れかえったような視線で私を見た。
「まあまあ、落ち着けって。そんなに急いだところで疲れるだけだぞ。たまには息抜きも必要だ」
「そんな暇はありません。まだ仕事は山ほどあるんです」
仕事の山が終われば、気が付けば、新たな山が積み重なっている。それがなくなっていたところなど、私は見たことがなかった。
「なあ、俺はお前のことは気にかけてんだぞ。真面目だし、仕事も早い。だからこそ、そんな生き方をしていたら、いずれ壊れちまう」
「ありがとうございます。ですが、心配は無用です。生まれてこの方健康なので」
「じゃあ上司命令な。今日は残業せずにすぐ帰れ。そんで、この本を読んでみろ」
命令だと言われたら、私には断り続ける度胸もない。何より、それもまた上司の気遣いなのだと知れた。私は彼の差し出した本を受け取って、頷く。
「……わかりました」
その日、私は久しぶりに残業することなく、家に帰った。人が働いている間に帰ることは、どこか罪悪感がこみ上げてきて、慣れない。
家に帰って、その本の表紙を眺めてみる。そこには、『あくせくするな、ゆっくり生きよう!』と書かれている。その傍らに、『人生に不満を持たない生き方』とも。
私は疑問に思った。どうして上司がこの本を貸してくれたのがわからないからだった。
私はよくせっかちだと評される。そして、その自覚はあった。だが、そんな自分に不満を持ったことはないのだ。
しかし、読み進めてみると、なんとなく、上司の言いたいことがわかってきた。その本に描かれている悪い考え方は、ことごとく私自身に当てはまっている。
忙しさこそが成功の証。その通りである。誰もが、仕事から解放され、のんびりとプライベートな時間を過ごすことが幸せだと思っている。だが、事実はその逆だ。
忙しいことは、自分の居場所がそこにあり、自分が必要なことがたくさんあるのと同じだ。忙しければ、今のように悩むこともない。
人間は、所詮「仕事」というカルマから逃れることはできないのだ。仕事をしている時だけ、私は成功している自分を自覚する。
ゆっくり生きるのは、考え方を変えるところから始まるという。仕事を辞めて、田舎に逃げたところで、まだ忙しくなる。時間に追われる。
根本が変わっていないだから。生き方の中心を、仕事に奪われてしまっているからだ。
この作業が終わったら。この作業が終わったら。その作業に隙間はない。出かけることはできない。ゆっくりする時間なんて、どこにあるというのか。
だが、とある一文を目にした時、私は思わず固まった。その間が一分にも永遠にも感じられる。
「『今』に目を向けて生きる」
私は常に、仕事の先へ、仕事の先へを考えて生活してきた。将来、何かあった時のために。お金はそのために貯め続けている。
しかし、その本に書かれていたその一文は、強く私の心を惹きつけた。まるで横っ面をはたかれたかのように。
思えば、私は果たして、今を生きていると言えるのだろうか。
将来のため。先の仕事を見据えて。私の行動はいつだって未来を見ていた。未来の不安や苦労を減らすために、「今」にその仕事を回していた。
しかし、仕事に果てはない。仕事を終わらせれば、当然のように次の仕事が入るのだ。仕事は山ほどある。なくなるなんてことはない。
「今」はいつだっていっぱいいっぱいだ。何かをする余裕なんてない。そして、私はきっと、十年も、二十年も、同じことを続けるのだろう。
本を閉じて、思わず考えてしまう。未来のために、私は「今」を犠牲にしてきた。しかし、「今」が過ぎれば、またすぐに次の「今」になる。
こんな本を一冊読む時間すらも、私はないと思い込んでいた。だが違う、時間をなくしていたのは、私自身。私が忙しくしていたに過ぎないのだ。
今度、有休でもとってみようか。買ったはいいものの読めていない本があったことを、思い出した。そうだ、私は今まさに、この時間を生きているのだ。
ゆっくり生きる
わたしたちの身の回りには、時間節約のための機器やサービスが溢れている。これらは、生活を便利にし、人々に楽をさせるために作り出されたものである。
ところが、実を言うと、こうした発明によってわたしたちはますます時間に追われるようになり、ストレスも増える一方なのである。
次から次へとより高い目標を作り出し、もっと早く、もっとたくさんできるはずだと、自分のお尻を叩いている。
わたしたちが間違ったのは、時間節約のための機器の使用法ばかりではない。忙しさこそ成功の証であるという、間違った考え方まで身につけてしまった。
ところが、「今」に目を向けてゆっくり生きてみると、世の中が違って見えてくる。
先に延ばしてもいいし、誰かに任せてしまってもいい、なんなら無視してしまってもいいのだということに気付くようになる。
やるべきことをすべて片づけてから、人生を楽しもうと考えてはいけない。わたしたちは目的地への到着を楽しみに待つだけでなく、旅の過程を楽しめるようになれるのである。
本書は、「今」に目を向けてゆっくり生きることについて書かれている。けれど、あなたにライフスタイルを変えろというつもりはない。
本書を読めば、内面を変えることによってゆとりが生まれることがわかるだろう。人生をゆっくり生きられるかどうかは、わたしたちの心の持ち方次第なのである。
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