ああ、また買ってしまった。財布の中を覗き込んで、私はため息を吐く。また今月は、我慢しないと。こんな決意も、もう何度目になるだろうか。
昔からどうにも、衝動買いというのが癖になってしまっている。必要なものを買った後に、ふと、視線を移した先にあるものをつい手に取ってしまう。それがいつものことだ。
そうやって買ったものは、結局使わずに終わってしまう。無駄遣いだというのはわかっている。けれど、どうしても止められない。
自分でも直したいと思っている。もうやめよう。買ってしまった後に決意をするのも、いつものこと。そして、とうとうそれが守られずに終わるのも、いつものこと。
そこまで欲しいわけじゃない。ただ、どうしてかといえば、たいした理由もない。強いて言うなら、「なんとなく」という、ひどく曖昧な理由しかないのだ。
どうにかしなきゃ。焦りだけはある。けれど、いつだって焦りと行動がちっとも噛み合ってくれない。どうして。どうして。
その本を見かけたのは、そんなことを思っていた時だった。本当は別の本が目的だったのだけれど、その本のタイトルを見た途端、つい、手が伸びる。
表紙には、『なぜ脳は「なんとなく」で買ってしまうのか?』と書かれている。田邊学司という人が書いた本らしい。
もしかすると、この本を読めば、私の悪癖を直す方法がわかるのではないだろうか。そう思えば、きっと、この本を買ったことは損じゃないはず。
けれど、読んでみると、求めていたものとは少し違うような気がした。内心で思わずがっくりする。どうやら、この本は「買う側」ではなく「売る側」に向けた一冊であるらしい。
ただ、それでもせっかくだからと読み進めていると、驚くような事実がわかった。それは、私の悩みの根本である、「なんとなく」の正体。つい買ってしまう元凶。
この本によると、それは「脳」であるらしい。脳科学によって商売戦略を考えていく。それを、「ニューロマーケティング」という、と。それこそが、この本のテーマのようだった。
読んでいて、私が感じたのは、「怖い」という感覚だった。なにせ、何を買おうか考えている時も、商品を見比べて選んでいる時も、そして「なんとなく」で手に取ってしまった時も。
そのすべては私の意思というよりは、脳が決めている。そして、商品の並べ方や、テレビで流れているCM、何気なく見ているいろんなものが、脳に買わせるための策略のひとつなのだ。
読めば読むほど、自分の頭で考えることと、私自身の「脳」が違うものであるかのように感じてしまう。そして、その脳を操られているかのような、不快感。
けれど、それこそがいわゆる、世間のマーケットや企業が実際にしていることなんだなということを、改めて認めることができた。
だからこそ、私は考えなくてはならないかもしれない。ようするに、できるだけ多くの買い物を、たとえそれが無駄であっても買わせるのが商売。
この本は売る側の視点から見た本だ。だから、売る側の視点を知ったうえで、私は「買う側」の考え方をしなければならない。
つまり、売る側のマーケティング戦略にただ踊らされるだけでなく、自分に必要なものを選び、買うことができるように考えないといけない。
そのために、私ができることとは、なんだろう。考えてみて、私が思いついたのは、「ニューロマーケティング」という商売戦略があることを、覚えておくこと、だった。
意識するかどうか。つまるところ、それだけの話だと思う。要するに、買ってしまいそうになった時、それが企業側の戦略に踊らされているのかどうか、それを考えてみること。
買おうとしているものが本当に必要なものかどうか。それを、脳に任せるのではなく、企業のせいにするのでもなく、自分自身の頭で考えて選ぶことが、何より大切なんだと感じた。
いつもの買い物。ふと、目に映る商品が欲しくなる。手がいつものように伸びかけて、けれど、そこで止まった。私は伸ばしていた手を戻して、その場を後にした。
「なんとなく」の正体
ここ数年、「脳」という言葉は、テレビ・新聞、書店などでもずいぶんと取り上げられてきた。
そして、この脳ブームへの懐疑と同じくらい、得体の知れないものへの好奇心でモヤモヤとした感覚を覚えているのかもしれない。
パソコンの登場によって、数百、数千人のアンケート結果を瞬く間に数字に変換することができ、テクノロジーは冷徹なまでに審判を下す力を持った。
しかし、果たして、人間の繊細な感情や感覚は、そのデータに羅列されているほど安定したものなのだろうか?
そもそも人間の思考は、もっと曖昧な「なんとなく」の連続の中で起きているものなのではないだろうか? こうして「なんとなく」の正体を追っていくうちに、辿り着いたのが「脳」であった。
この不条理な脳の仕組みを理解できれば、真の意味で人間の感性に訴える商品やサービスを実現することになるのではないか。
これが、いわゆる「ニューロマーケティング」という領域に接近していったきっかけである。
脳科学の可能性と限界を見極めつつ、脳科学が与えてくれる視座をうまく利用して、感性に訴える商品やサービスをどうしたら生み出せるのかを考え直してみる。これが本著の探索する領域である。
それでは早速、ニューロマーケティングの魅惑と魑魅魍魎の世界へ、ご招待しよう。
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