就職して以来、真面目に働き続けてきた。納得できないことも、理不尽な指示も、なんでも言われたことをこなしてきた。
朝早くから夜遅くまで、言いたいことも全部飲み込んで、時には給料をもらわずに残業したり、休日に出勤したりしてきた。
でも、自分に課してきた無理は、着実に私の身と心を蝕んでいたらしい。自ら終わらせることを夢見るようになり、やがて私は、仕事を辞めた。
新たに働く気力を持つこともできず、ただ失業保険をゆっくりと浪費していきながら送る何もない日々の中で、私はただ考えていた。
私は何がいけなかったのだろうか。私はどうしてこうなってしまったのだろうか。私が悪いのか。それとも、会社のせいか。私はどうすればよかったのだろう。
行き先もなく、ただふらふらと時間を潰すために彷徨い歩いていると、ふと気がつけば、近所にある本屋に迷い込んでいた。
特に何を買うでもなく、並べられている本の表紙を心ならず眺めていると、不意に、一冊の本の表紙が目に入った。
『ずるい仕事術』と書かれている。今まで真面目に働いてきた自分を疑っていたからこそ、普段ならば気に掛けないその本に興味を惹かれた。
店を出た時、私は気がつけば、片手にその本を携えていた。ずるい仕事術。愚直に働くのではない、そんな自分の知らないやり方を、ほんの少し覗いてみたい。そんな気持ちだった。
著者の佐久間宣行さんという人のことを私はよく知らなかったけれど、前書きを読むに、どうやらテレビ関係の人らしい。
調べてみたら、私でも知っているような大きい番組をいくつも手掛けているすごい人だった。けれど、何より驚いたのは、そんな人でも「会社辞めようかな」と思ったことがある、ということだった。
テレビ業界に馴染むことができず、辞めようとすら思っていた彼は、自分が何もやっていないことに怒りを覚え、そして決めたのだ。もっとずるくなろう、と。
その話を読んで、私は気がついた。彼の言う「ずるい仕事術」は、ラクをしてサボりたいがためのものじゃない。「ズル」は、理不尽な社会から自分を守るための手段なのだ、と。
私もまた、考えた。幸いにも、考える時間だけはたくさんあった。今まで真面目に、ただ愚直に考えることもせず言われることをしてきた自分。そんな自分は、その仕事に押し潰されてしまった。
ならば、これからは、ずるく生きていこう。「真面目」はただ社会や他人にとって都合がいいだけの存在になるだけだ。散々使い潰されて、最後は捨てられる。
そうならないために、よく考えていこう。他人や社会から与えられるものをただ受け取るんじゃなくて、それが本当はどんな意味を持つのか、そのことを見極めていこう。私はそう、決意した。
……今思い返すと、あの瞬間こそが、私の契機だったのだろう。かつて「もう働けない」と思っていた私は、今、普通に働くことができている。
自分自身を守りながら、ずるく生きていく。今の私は、かつてよりも余裕を持つことができる。ようやく私は、誰かのじゃなく、自分自身の人生を生きることができるようになったのだ。
ズルは決して悪いことじゃない。それは生き抜くための知恵であり、自分を守るための手段であり、人生を考えるということでもあるのだ。
やりたいことを実現するために
自分は芸能界もテレビ界も苦手っぽい。テレビ東京に入社してすぐに気づきました。
根本的にひとりの時間が好きで、人間関係を無理に広げたいと思っていない。そんな自分にとって、2000年代のテレビ業界はとてもハードなものでした。そしてそれ以上に絶望したのは、サラリーマンも得意じゃないとわかったことです。
当時のテレビ業界に必要だったのは頑強な兵隊であって、その都度疑問を持ってしまう僕のようなタイプは求められていませんでした。
帰り道の電車で情けなくて恥ずかしくて「会社やめようかな……」と考えたとき、駅にあった他局の新ドラマのポスターが目に入りました。
キラキラしている出演者たちの笑顔をボーッと見ていたら、いつの間にか怒りが湧いてきました。自分にです。
「おれはまだなんのチャレンジもしてない。昔、おもしろくて憧れた世界に指をかけてもいない。このままじゃやめられない」
駅から電車を乗り継ぐのを止め、歩いて帰ることにして考えました。
「自分がおもしろいと思えるものを世に出したい。けどこの業界の苦手な部分に慣れるのは嫌だし無理だ。その前に潰れてしまう。じゃあ、どうすればいいんだ……」
自分の大事なものは渡さずに、潰されず、認めてもらう方法。周囲と戦わずに、自分のやりたいことを実現する方法。
「そうだ……、もっとずるくなろう」
たかが仕事だ、そう思おう。会社にとって都合のいいだけの存在にはならない。そのために頭をひねろう。それで無理なら会社をやめよう。
そう思った時には頭がすっきりして、いつの間にか笑いがこぼれていました。やっと社会人の入り口に立った気がしました。
そこから僕は変わったのです。
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