ああ、忙しい、忙しい。効率よくするにはどうすればいいか。どうすれば、もっと時間を節約することができるだろうか。
「随分と慌ただしいね。どうしたんだい?」
「時間を節約するためだよ」
常連客である彼に、私はそう返した。そっけなくなってしまったけれど、そんなことを気に病む余裕はない。むしろ、会話がなくなるなら、時間の節約になるから大歓迎だ。
「時間の節約? そいつぁどういうことかね?」
「時間銀行という人の説明を聞いたのさ」
そう、あれは一週間前のことだった。灰色のスーツを纏ったサラリーマンが、店を訪れてきたのだ。彼は名刺を出して、「時間銀行の者です」と名乗った。
時間銀行? そんなものができたなんて、聞いたこともなかった。私が怪訝に思ったのを感じたのか、彼は説明してくれた。
「時間銀行は、その言葉通り、皆様の時間をお預かりする機関です」
彼の説明によると、時間銀行に時間を貯蓄することで、将来に使うことのできる時間が増えるというのだ。
しかも、そのためにお金がいるということもない。その場所に行く必要もない。ただ、私の行動を変えるだけでいいのだという。
最初は疑心暗鬼だったのだ。なにせ、彼はどことなくアヤシイ。時間を預かるというのもわけがわからないし、なんだか胡散臭かった。
しかし、彼の話を聞いているうちに、私の胸にふつふつと湧いてきたのは、危機感だった。
「今、無駄な時間を節約しないと、老後ゆっくり過ごすことも許されず、将来もずっと働き続けることになってしまいますよ」
彼のその言葉が、最後のとどめだった。そうして私は彼と契約したのだ。彼は事細かに私がどうすればいいかを説明してくれた。
休憩時間を削る。ムダ話をしない。何事も効率よく。とにかく無駄と思われる時間を節約するのだ、と。
「時間を節約すればいいことずくめだ。さあ、長話をし過ぎたな。もう終わりだ」
「時間銀行か。その人なら、うちにも来たよ」
「お、そうなのか。じゃああんたも時間を節約しているのか?」
「いや、断った」
私は思わず手を止めた。彼の言い方はあまりにもそっけなくて、温度がなかった。私は時間の節約も忘れて思わず彼を見る。
「どうして? あんなにいい話だってのに」
「どこがだよ。詐欺じゃないか」
彼のその言葉に、私は憤った。詐欺じゃないさ。時間の節約なんて素晴らしいじゃないか。これからの時代は、とにかく時間を節約して貯めていくことが大切なんだよ。
しかし、彼はこんなことを言う。違うね、逆だよ、逆。彼はカバンから一冊の本を取り出して、私に手渡した。
「なんだこれは?」
「僕の愛読書だよ。『時間に強い人が成功する』というものでね、時間の取り扱い方について書かれている」
時に質問なんだけどね、必死に時間を節約して、君は楽しかっただろうか。そのことを、答えてほしいね。
彼のその質問に、私は思わず思いを馳せる。答えなんて、わかりきっている。迷う余地すらなかった。
楽しくない。それに尽きる。以前は楽しかった。客とムダ話をするのも、のんびりとした時間を過ごすことも。
最近は、長らく笑っていないな。思わずそんなことを思った。私の苦虫を噛み潰したような表情を見て察したのか、彼が微笑む。
「無駄な時間なんてないさ。むしろ、無駄だと思い込んでいるその時間こそが、人生を豊かにするんだ」
時間を節約して貯蓄するなんて馬鹿げた考えだ。今の君は苛々していて、どうにも幸せそうじゃないね。彼の言葉に、私の口から反論は出てこない。その通りだったからだ。
「この本を読んでみるといいよ。じゃないと、時間銀行を名乗る『時間泥棒』どもに、お前の時間が盗まれちまう。時間について知識を身につければ、奴等も手が出せなくなる」
私はその本のページを開く。そこでようやく、私は目が覚めたのだ。立ち込めていた灰色の煙が、窓から店の外へと出ていった。
時間に強くなろう
時間をたくさん持っている人が成功するのではありません。時間に強い人が成功するのです。
これまでは、時間をどう増やすかということばかりに気を取られていました。でも、どんなに時間を増やしても、不幸だったら意味がありません。
時間に強くなるには、3つの方法があります。
①時間を人にあげる。
自分の時間を増やすには、時間を人からもらうのではありません。相手に、あなたの時間をあげることで、あなたの時間が増えるのです。
②時間に気配りをする。
時間は、ものではありません。時間を人間と考えましょう。人間ならば、気配りをしないと、嫌われてしまいます。
③忙しさを楽しむ。
どうしたら、忙しさから解放されるか、と考えるのではありません。むしろ、積極的に忙しさを楽しむのです。
時間は、チャンスです。人は、時間で生まれ変わるのです。
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