物理学者と少年の邂逅『真夏の方程式』東野圭吾


科学は嫌い。私の生活が科学によって支えられていることは理解している。けれど、そのうえで、私は科学が嫌いなのだ。

 

日の光を受けて美しく輝く海が好きだった。季節によって顔を変えていく山が好きだった。自らの思うがままに生きる動物たちが好きだった。

 

地球は美しい。私が生まれるずっと前は、もっと美しかったのだろう。ありのままの姿で生きている自然が、私は好きだった。

 

しかし、人間が生まれて、科学を発達させていくにつれて、自然は滅ぼされ、汚され、失われていった。

 

保護だのなんだのきれいごとを言っているけれど、本来、地球はそんなことを必要とはしなかったのに。善人面して自然を管理しようとするその姿には虫唾が走る。

 

科学が地球を壊した。人間が美しかった自然を壊したのだ。だからこそ、私は科学が嫌いだった。

 

科学と自然は対極にある。科学が発達すればするほど、自然は淘汰されていく。これからの未来、世界の自然はもっと失われていくだろう。

 

友人に勧められて東野圭吾先生の『探偵ガリレオ』を読んだ時も、反感しか抱かなかった。

 

それは、『ガリレオの苦悩』『容疑者Xの献身』を読んでいった後も、変わることはなかった。

 

ミステリは科学だ。そこには理屈がある。オカルトなんて存在しない。意図的であるからこそ事件が起こる。科学であるからこそ、そこには真実がある。

 

金。権力。嫉妬。人間はなんて醜いのだろう。動物は、そんなくだらないことなんてしないのに。

 

私は事あるごとに科学を痛烈に批判し、自然を崇拝していた。科学のことなんて理解する必要はない。そう思っていた。

 

その考えを改めたのは、皮肉にも、私が嫌っていた『ガリレオシリーズ』を読んでからのことだ。

 

そのきっかけとなったのは、そのシリーズのひとつ、『真夏の方程式』だ。短編が多いガリレオシリーズでは珍しい長編作である。

 

小学五年生の少年、恭平は両親が出かけている間、姉夫婦のもとに預けられることになり、玻璃に向かった。

 

民宿を営んでいる彼らのもとで、恭平は、宿泊することになった物理学者の湯川と出会う。

 

しかし、その夜、ひとつの事件が起こった。民宿に泊まっていた客のひとりが、崖下で、物言わぬ姿となって見つかったのだ。

 

当初は転落事故とされていた。しかし、次第に事件は、誰かの手によって引き起こされたものだと判明していく。

 

民宿には姉夫婦の娘である成美がいる。彼女は玻璃の海を守るための活動に参加している過激な活動家だった。

 

都市開発の補佐として協力している湯川と彼女は敵対する関係にある。私が感じ入ったのは、そんな彼女に対して湯川が言った言葉だった。

 

「相手の仕事や考え方をリスペクトしてこそ、両立の道も拓けてくる」

 

環境保全のことについては知識を持っている成美だが、彼女は開発のことを批判してばかりで、科学のことについては何も知らない。

 

だが、相手のことを知ることで、互いに歩み寄ることのできる道を見つけ出すことができるのだ、と、湯川が言ったのだ。

 

多くの人は、自分の考えを主張することばかりで、相手を受け入れようとしない。自分と相反する考えの人を、徹底的に批判する。

 

けれど、それじゃあダメなのだ。相手の意見を尊重し、互いに歩み寄らなければ、道は見つからない。争いは平行線で、互いに批判し合うばかりの不毛な関係になってしまう。

 

私は科学が嫌いだ。けれど、科学があるからこそ、自然の美しさを感じることができる。

 

だからこそ、科学のことをもっと知りたいと、私は思った。胸を張って堂々と、科学を批判することができるようになるためにも。

 

 

全ての鍵は十六年前の事件に

 

新幹線から在来線への乗換口はすぐにわかった。ホームに辿り着くと電車は既に入っていて、扉も開いていた。

 

柄崎恭平は手近な入り口から乗り込み、思わず眉をひそめた。そんなに混まないだろうと両親は言っていたが、空席はほとんどなかった。

 

なるべくなら一人や二人かだけで座っているシートがいいと思い、恭平は通路を進んだ。

 

家族連れが多かった。彼と同い年ぐらい、つまり小学校五年生ぐらいの子どももたくさんいた。

 

バカみたいだな、と恭平は思った。海水浴に行くのが、どうしてそんなに嬉しいんだ。たかが海じゃないか。

 

通路の一番奥のシートが無人だと気付いた。恭平は近づいていき、空いているシートの上にリュックサックを下ろした。

 

向かいの席に座っているのは、背の高い男性だった。恭平が座ってもまったく無表情で、雑誌を読み続けていた。

 

間もなく電車が動き出した。恭平はリュックサックを横に置き、昼食を入れたビニール袋を取り出した。ペットボトルの水を飲みながら、おにぎりを頬張る。

 

窓の外には、早くも海が広がっている。今日は雲の少ない晴天で、遠くの海面はきらきらと光り、手前では白いしぶきが上がっていた。

 

 

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