コロナ時代の名探偵『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』東野圭吾


サァサァ、ようこそいらっしゃいました。あなたさまは本日のショーのたったヒトリの観客……ドウゾ楽しんでいっておくんなまし。

 

サテ、昨今コロナのせいで彼方も此方も大層大騒ぎをしておいででございますけれども、ドウヤラそれはあの画面の向こうにある現実だけではないようで……。

 

本とは当時の社会を映す鏡である! と、マア、誰が言ったかは存じませぬが、とうとう近頃の私どものおわしますこの本の世界の中にもコロナの波が訪れたようでございます。

 

エフエフン、いやはやこれは失礼を。ホラこちらの作品をば、その名は『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』と申しますもの。執筆されたしはかの名士、東野圭吾にてございます。サテご清聴。

 

エー、物語はコロナの影が都会を呑み込み始めた頃のこと、まだ都会の皆々様が危機感に喘ぎ、ワクチンのワの字もなかった頃より幕を開けるのでございます。

 

恋人との結婚を間近に控えた神尾真世が同窓会への参加を逡巡しておりました。それにはコロナとはまた異なる理由があったのでございますが……。

 

そんな折、彼女のもとに届いた一報とは。果たしてソレは彼女の父親である英一が亡くなったという報せでございました。彼女は慌てて電車一本、地元の小さな田舎町へと乗り継いだのでございます。

 

辿り着いた先で耳にしたのは、おそらく父は何者かによって殺害されたのだという事実。犯人は未だ影も姿も見せやしない。

 

ああ、なんということか! もしも彼女がホームズであったなら、こんな事件など立ちどころに解決してみせるだろうに! とは言っておりませんけれども、彼女の故郷には何年かぶりの再会があったのでございます。

 

英一の弟にして真世の叔父にあたる武史。いかにも胡散臭い言動。なんとまあ口も頭もよく回ること。彼はかつて世界を股にかけて活躍していたマジシャンだったのです。

 

彼はなんと、警察には頼らず自らの手で犯人を明らかにするとのこと。調査を始めた叔父に巻き込まれ、真世は望まずも性格の悪いホームズの隣りに立つワトスン役として事件を追いかけることと相成ったのでありました。

 

オヤ、マジシャンなんぞに推理なんぞできるもんか、ですって。いやいやむしろ、マジシャンだからこそできるのだと。

 

煽り文句に「ヒーロー」だとか書かれておりますけれども、アハハハ、いや、チャンチャラおかしいもので、この叔父をヒーローだと言うなれば、そこらの詐欺師すらヒーローでさぁ。

 

そもそも、マジシャンなんざどいつもこいつも詐欺師のようなものでございます。言葉で惑わし、手業にて眩ませ、すわ魔法か、すわ超能力かと。

 

探偵とマジシャン、彼らは同じ舞台の上にいるのです。さあお聴きください、レディースアンドジェントルメン! 今よりこの忌々しい事件の真犯人を見事ピタリと指し示してご覧あれ!

 

彼らはドチラもエンターテイナー……嘘も殺人もポンと鳩出す手品のヒトツでござい。人が死のうが騙されようが、楽しけりゃ拍手万来でさあ。あなたもホラ、それを望んでいるんでしょう? 同じ穴のムジナでございますよ。イヒヒヒヒ。

 

 

ショータイムの始まりさ

 

尺八の音が流れる中、真っ暗なステージにスポットライトが落ちた。その下に立っている男の姿に、オーッ、という驚きの声が客席全体から上がった。

 

男は白装束に身を包み、赤い襷で両脇と肩を縛っていた。首の後ろでまとめた長い髪は、背中の半ばまで届いている。

 

男が横にすっと腕を伸ばすと、光の外に出た手首が一瞬見えなくなった。次に男が腕を戻した時、手に握られているものを見て、観客たちは息を呑んだ。それは優に一メートル以上はあると思われる剣――日本刀だった。

 

日本刀の先端が、すっと下に向けられた。その途端、ぱっとステージ全体に光が広がった。同時に観客たちの、特に男性客たちの表情も明るくなった。ステージ上には三人の金髪女性が立っていた。

 

男が今度は刀の先端をさっと上に向けたア。すると舞台の袖から、全身黒ずくめの三人組が現れた。ニンジャだ。覆面で頭も顔も隠れている。

 

三人の忍者たちは、それぞれ脇に大きな筵を抱えていた。美女たちに近づいた忍者たちは、徐に筵を広げると、彼女たちの身体に巻き付けていく。

 

やがて三人の女性たちは、その細い身体に筵を巻きつけられ、すっかり姿が見えなくなった。忍者たちは紐を取り出し、筵の上から縛り付けていく。ついに彼女たちは動かなくなり、ステージに三本の筵の柱が立った。

 

白装束の男が足を止めた。右手に持っている日本刀を高く掲げ、じっと見つめた後、その鋭い目を、一番近くに立っている筵の柱に向けた。ひと呼吸置いた後、刀を勢いよく振り下ろす。鈍い音をたて、筵の柱は斜めに切断され、ばたんと倒れた。

 

男が二本目の柱に近づき、刀を振り下ろした。その柱もまた見事に切断され、どさりと床にころがった。しかしそれを見届けることなく、男は三本目の柱を切断した。

 

白装束の男は観客のほうを一瞥した後、ステージの中央に移動し、客席に背を向けた。続いて三人の忍者が、彼と向き合うように並んだ。男は高々と日本刀を構え、振り下ろした。忍者たちの覆面が、はらりと落ちた。

 

場内にどよめきいが起こった。覆面の下から現れたのは、何と先ほどの女性たちの顔だった。どよめきは歓声に変わった。それは瞬く間に大きくなり、劇場全体を揺るがした。

 

 

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