僕にとって「おんな」とはずっと未知のものだった。そして、これからも彼女たちのことを、十全に理解することはできないのだろう。
歴史はいつだって男性優位につくられてきた。女性は男性の所有物だった時代が長く続いて、今もなお、そう扱われている国もある。
女性の権利が認められるようになったのはごく最近のことで、男女共同参画社会という言葉が叫ばれる現代でも、社会に浸透しきっていない。
生まれたその時からどうすることもできない「性別」によって差別をする社会。そんな理不尽な世界でも、女性は逞しく生き抜いている。だからこそ、「おとこ」である僕は彼女たちのことを知りたいと思った。
上野千鶴子先生の『〈おんな〉の思想』は、そんな考えから手に取った。女性の著作を軸にして「おんな」の内面や、社会との関係について問うた一冊である。
歴史の中に色づく、世界に対する女性の闘争については僕にも何となく理解できる。けれど、女性の思想についてはやはり難しい。それが理解できないという事実にこそ、男が積み重ねた傲慢があるような気がする。
男である僕にとって、『〈おんな〉の思想』は決して生易しい本ではなかった。今までの男の罪を突き付けられているようで、胸が痛む。けれど、その痛みから逃げようとしたらいけないのだと思う。
男は痛いのが嫌いだ。だから自分たちが苦しまないよう、無駄な自尊心ばかりが肥大化して、暴力と社会的な束縛によって女性を縛りつけてきた。
フェミニズム。ウーマンリブ。そういった言葉をよく耳にする。女性の権利が叫ばれ、社会に女性が認められるようになってきた今、ようやく、男性は今まで逃げ続けてきた悪行を糾弾され、清算する時を迎えたのだろう。
「男だからこうあるべき」「女だからこうあるべき」と、男も女も、性別を通して見た色眼鏡によって人格を決めつけられてきた。男の常識から捉えられた女性観は、あまりに男にとって都合がよく、身勝手に溢れている。それが社会の常識になってしまった。
性別という視点で見れば、男も女も、社会の作り上げてきた常識に強く縛られている。それは時として、「自分自身」すらも捻じ曲げてしまうことすらある。
「おとこ」や「おんな」というフィルターを通すのではなく、その人自身という「個人」を見つめる。ひとりひとりを大切にするためには、そんな考え方が大切なのではないかと思うのだ。
そもそも、「性」を考えるうえで、決して忘れてはならないことがある。この世に生きる如何なる人間も、元を辿れば女性から生まれたのだ。どれほど屈強な男も、偉大な英雄も、そもそも女性がいなければ存在すらしなかった。
男と違って、女性は人生において、彼女たちにしかできないひとつの大きな仕事を抱えている。「出産」という、生物の根幹にある、大切なことだ。
歴史上において、男は、自分たちには決して踏み込むことができない「子どもを産む」という行為に対して、「穢れ」という烙印を押してきた。自分たちがそもそもそこから生まれたのだという事実すら忘れて。
僕はずっと、女性のことが羨ましかった。女性のことを心から尊敬していた。どれほど社会的に権利を蝕まれても、彼女たちは、決して男には踏み込めない、大きな、そして大切な聖域を内に抱えている。
そう思う身勝手さもまた、傲慢のひとつなのかもしれない。「私たちのことを何も知らないで、私たちの苦労を何も知らないで何を勝手なことを」と言われるかもしれない。けれど、それでも、いや、そう自覚したうえで、さらに思うのだ。
彼女たちに、「女性」として生まれたことを誇りに思ってほしい、と。彼女たちがそう思えるような社会こそが、目指すべき社会なのではないかと僕は思う。
「おんな」とは何か?
本を読むとは他者の経験を追体験することだ。若い頃から、こんな本を読んできた。若かったから、未熟だったから、自分を表すことばが見つからなかった。
そしてありあわせのことばは、どれも身にしっくり来なかった。そこに差し出されたのが、このなかにある「おんなのことば」たちだった。
彼女たちもまた、わたしと同じような苦しみのなかから、ことばを生み出したことを知った。それが母語だったからこそ、ことばは肉体に食い込んだ。
少し先を歩む者たちから、わたしがどんなに恩恵を受けたか。それをあなたにも伝えたい……そう思って本書を書いた。
日本の女性の書き手による著作を刊行年の順に掲載した。こうやって見てみると、ここでとりあげた本の刊行が六〇年代から八〇年代に集中していることがわかる。この時代がフェミニズムの黎明期であり、「〈おんな〉の思想」の形成期であったからだ。
とりあげたのは森崎和江、石牟礼道子、田中美津、富岡多恵子、水田宗子の五人。わたしより少し年長の女性たちである。彼女たちのことばは肺腑に沁みた。そんな思いをおとこの書き手にはついに感じたことがない。
わたしの魂をゆさぶることばをわたしに送ったのが、おんなの書き手ばかりであったのが、たんなる偶然だろうか。そしてそういう女性たちと同時代を生きて、彼女たちのことばをたしかに聴き取ったことを、次の世代のおんなたちに伝えたい。
上野千鶴子〈おんな〉の思想 私たちは、あなたを忘れない [ 上野千鶴子(社会学) ] 価格:1,650円 |
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