「よろしくお願いします!」
新しく入社してきた女の子。元気よく挨拶する姿を見て、ああ若いな、と思う。そんな自分を自覚すると、私ももう年を取ったな、なんて感じてしまう。
気が付けば、私ももうすぐ三十代になる。私の二十代はいつの間に過ぎ去っていってしまったのだろう。
会社にも勤め始めて数年になる。入社したばかりの頃はちやほやされてかわいがられていたのに、今では若い男性社員から「姉御」とか呼ばれる始末。
女性の権利が認められてきたとはいえ、未だに社会はまだまだ男社会だ。昔みたいな考え方をしているオジサンが会社を仕切っている。若い人たちにすら、そんな考え方の人もいる。
女だから。女のくせに。そんな言葉に、何度泣かされたことだろう。そのいやらしい目つきを殴ってやりたいと何度思ったことか。
アラサーになって、最近、改めて思うのは、奥田英朗先生の『ガール』をまた読み直したいな、ということだった。
初めて読んだのは、学生の頃だったと思う。その頃の私はまさしく「ガール」だったわけだけど。
それはいくつかの短編を集めた作品だ。描かれているのは三十代にさしかかっている二十代後半から三十代半ばまでの働く女性たち。
男社会の慣習に苦労させられている女性や、会社に縛られることを嫌う自由な女性。
まだ若くあろうとしながらも限界を感じ始めたアラサー女性や、育児と仕事を両立させようとするシングルマザー、若い新入社員に恋心を抱いた女性。
彼女たちはみんな、アラサーを迎え、会社に勤めている。すでに会社の中でも認められた確立した立場を持ち、けれど、仕事や年齢に悩みを感じている人たちだ。
初めて読んだ頃の私は、この作品で言うところの「若い女の子」だった。いや、学生だから、それよりもさらに若かった。
だからだろうか、初めて読んだ時は特に響くものもなかった。ふーん、と思って、それだけ。
学生時代の私にとって、三十代なんてずっと先のことだと思っていた。三十代になった自分のことなんて、想像すらもできなかった。
それが今、現実になっている。私は今や、もう三十代。あの頃、はるか先に見えていた想像もできなかった私に、とうとう追いついてしまった。
いい人を見つけて、結婚して、家庭を持って。あの頃に考えていた理想の人生なんて、何も叶えられていない。
こんなにもずっと仕事ばかりをしている人生だとは、夢にも思わなかった。それが悪いというわけじゃないけれど、『ガール』にも書かれている通り、女には「別の人生」があるような気がする。
社会はまだ、「女」を完全には認めてくれてはいない。仕事一筋のキャリアウーマンは、結局、どれだけ頑張っても男よりも軽んじられる。そんな世の中だ。
あるいは、いい人を見つけて、結婚して仕事をすっぱりやめて家庭に入るのもまた、選択肢のひとつ。未だに社会は、無意識の下で「女」にその役割を求めてくる。
二十代を過ぎて、女としての自分の価値は変わってしまったように感じる。自分自身は何も変わっていないつもりでも、社会からの視線は確実に。
だったら、その中で、アラサー女子である私はどうやって生きるべきなのか。それを考えなければいけない時期なのかもしれない。
『ガール』には、何人かの、私と似たような境遇の女性たちの姿が描かれている。
彼女たちはそれぞれの悩みを抱えながらも、考え、苦しみ、そして、最後には自分なりの答えを出した。
私もそんな風になりたい。
社会の求めるものじゃなく、私自身の求める「わたし」に。私の人生を、誰の意見でもなく、自分自身で選び取ることのできる、そんな強い私になりたい。
会社で働く女たち
武田聖子に開発局第二営業部三課課長の肩書きがついたのは、梅雨真っ只中の七月一日のことだった。
四年制大学を卒業し、大手不動産会社に就職して十四年目を迎えていた。その間ずっと開発畑を歩いてきて、局内では立派な中堅どころといえた。
聖子の会社では、数年前に昇進の年次主義を廃止しており、三十代半ばの管理職は珍しくなかった。けれど、女子総合職としては異例の抜擢人事だった。
三課の部下たちは三十代が三人、二十代が二人という陣容だった。ひとり年上がいるが、同時に異動してきた今井という係長は、三期先輩なだけだ。
「武田です。このたび三課課長を拝命し、みなさんと一緒に仕事をすることになりました。どうぞよろしくお願いします」
初日の挨拶で、聖子はにこやかに振舞い、頭を下げた。なるべくなら不要な管理は避けて、部下には自由にやってもらいたいと思っている。
与えられた席は部下がひと目で見渡せる、窓側の正面席だった。肘掛けに手を置くと、自然と胸が反り返った。男が昇進したがる気持ちがわかる気がした。
早速その夜、歓迎会が催された。概ねなごやかな宴だった。ただ、今井だけは無口だった。
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