四畳半。一見狭く見えるであろうその世界には、我々の手には収まりきらない無限の可能性が広がっている。私がその世界の真理とも等しい事実に気付いたのは、とある一篇の小説を読んだことが始まりであった。
『四畳半神話大系』。この作品を世に生み出したのは森見登美彦氏である。私は彼の作品に耽溺し、今や口調が変わってしまうほどに心酔してしまった。
人から奇異の目で見られ、笑われるようになった私は、もはや社会というぬるま湯に身を投じることを諦めた。逃げたのではない。むしろ、私はより厳格な世界へと溺れることにしたのである。
文学、小説の世界だ。私が登美彦氏と出会った場所。四畳半こそが私の世界の全てである。旅を捨て、書に身を沈めることで我が魂はより鋭く洗練され、触れると怪我してしまうほどの輝きを放つようになるだろう。
いわばこれは修行なのである。その記念すべき一歩目を、私を変えるきっかけとなった『四畳半神話大系』にすることに異議はなかった。
大学一回生になった「私」は、至宝とも言われる薔薇色のキャンパスライフを手に入れるため、サークルに入ろうとしていた。
「私」が目をつけたのは四つ。映画サークル「みそぎ」、「弟子求む」という怪しげなビラ、ソフトボールサークル「ほんわか」、秘密組織「福猫飯店」。「私」はこの中からひとつのサークルを選んだ。
しかし、そこから先の生活は、「私」の想像していた輝かしいキャンパスライフとはかけ離れていた。サークルに馴染めず落ちぶれて、どの選択をしても私の隣りには悪友の小津しかいない。
ふわふわした黒髪の乙女とは出会えず、蛾が苦手な明石さんには「阿呆」と言われ、変人の樋口氏や羽貫さんに振り回される毎日。
終いには、彼は四畳半という迷宮に囚われるのだ。彼はそこで自分の過ごしてきた三年間がいかに大切であったかを知ることになる。
尋常の人間であるならば、笑いすぎて浮かんできた目尻の涙を拭いて「あーおもしろかった」で終わるであろう。しかし私はそうではない。この物語には、深淵極まりない意味が隠されているのだ。
「私」は四つのサークルを選び、それぞれ異なる大学生活を送ることになった。しかし、彼はどのサークルでも小津とともに落ちこぼれていき、同じような結末を辿る。
ここから導き出せるのは、「どの選択をしても人生は大きく変わらない」である。その結論は、多くの人に安心を与えるに違いない。しかし、私はそこまでの結論で満足しない。
なるほど、たしかに大筋は変わっていないだろう。しかし、「私」の内面はどうであろうか。最後の物語と、それまでの物語では、大きな差があると、私は考えている。
ほんの些細な違いだろう、と人は言うかもしれない。しかし、その些細な違いが、実際のところは「私」の今後の人生を大きく変えることになるだろう。いや、人生は変わらない。変わるのは本人の心である。
受け入れるか、受け入れないか。我々の人生は、行動ではなく心が作るのだ。かつての自分の選択を悔やむことに意味はない。どうせ何も変わらないのである。
我が生涯に一片の悔いなし。どこぞのマッチョメンのような考え方こそが、人生を生き抜く真実である。我が生涯はこれで万事良いのだ、と、そう思えたならば、我らが目の前の世界はいつだって輝いて見えるだろう。
当然だ。なぜならば、世界はいつも輝いているのだから。それに気付くも気付かぬも、全ては本人次第なのである。四畳半とて心次第では牢になり、心次第で城になるのだ。
サークルの選択で未来が変わるファンタジー
当時、私はぴかぴかの一回生であった。すっかり花の散り切った桜の葉が青々として、すがすがしかったことを思い出す。
新入生が大学構内を歩いていればとかくビラを押しつけられるもので、私は個人の処理能力を遥かに凌駕するビラを抱えて途方に暮れていた。
時計台の周辺は湧き上がる希望に頬を染めた新入生たちと、それを餌食にしようと手ぐすねひいているサークルの勧誘員たちで賑わっていた。
そこで私が見つけたのが、映画サークル「みそぎ」の看板を持って待っている学生数人であった。
友だち百人作るべく、その日のうちに入会を決めてしまったのは、来るべき薔薇色の未来への期待に我を忘れていたとしか言いようがない。
そこから私は獣道へ迷い込み、友達どころか敵ばかり作った。腹立たしいほど和気藹々とした雰囲気になかなか馴染むことができない。
そうして片隅の暗がりに追いやられた私の傍らに、ひどく縁起の悪そうな顔をした不気味な男が立っていた。
それが小津と私の出会いである。
小津と私の出会いから、時はひと息に二年後へ飛ぶ。その年の五月の頭、我々は二年にわたって内部の人間関係を悪化させることに一意専心していた「みそぎ」を自主追放になったばかりであった。
「みそぎ」と私は、もはや完全な断交状態にあったが、小津によれば、我々の捨て身のプロテストもむなしく、サークルの内実は変わっていないようであった。
私は映画サークル「みそぎ」の体制そのものに、まず苛立っていた。城ケ崎先輩の独裁体制が敷かれ、彼の指導のもと、和気藹々と映画を作るという唾棄すべき体制が打ち立てられていた。
私は現行の体制に不満を抱き、独自に映画を撮り始めることにした。当然のことながら共鳴する者は一人もおらず、小津と二人で映画を撮った。
しかし、小津と一緒に映画を作れば作るほど、サークルのメンバーたちは我々を遠巻きにするようになり、城ケ崎先輩は我々を路傍の石ころも同然に無視し始めた。
飲み屋や風俗店がならぶ中に、身を細めるようにして暗い民家が建っていた。その軒下に、白い布をかけた木の台を前にして座る老婆がいた。占い師である。
彼女が発散する妖気に、私はとらえられた。私は論理的に考えた。これだけの妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけがない、と。
老婆は言った。
「コロッセオが好機の印ということでございますよ。あなたに好機が到来した時には、そこにコロッセオがございます」
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