脳と身体を乗っ取り巧みに操る生物たち『したたかな寄生』成田聡子


昔、『パラサイト』というアメリカのパニック映画を見たことを今でも覚えている。気持ち悪さと恐ろしさにぞくぞくしながらも、不思議と心惹かれたことを。

 

「寄生虫」と聞くと、どこか恐ろしいような印象を受ける。友人のひとりは生き物が大好きだったけれど、寄生虫の話だけは頑なに拒絶していた。それはきっと普通の反応なのだろう。

 

いつだったか、ロイコクロリディウムなるイキモノの映像を見た。カタツムリに寄生する生物である。流動する不可思議な色の蠕動は気持ち悪くて、けれど目が離せなかった。

 

私がその本を手に取ったのも、そんな経験があったからだろう。『したたかな寄生』という本である。苦手な人は読まない方がいい。

 

その本ではさまざまな寄生生物を紹介していた。やはり虫が一番多いけれど、中には植物や、細菌なんてのも。

 

中毒性のある蜜で蟻を手懐けて自分の世話をさせる木。カマキリを水に溺れさせるハリガネムシ。ゴキブリの身体から生まれて、あまつさえ子どもの餌にさえするハチ。

 

イモムシを操ってその身体を溶かすことで自分の移動距離を増やす細菌まで存在するのだから、想像だに恐ろしい。

 

何よりも、そんな生物が自然な進化の中で生まれてきたという事実。本当に生物というものは面白い。人間には想像もつかないような生態を持っているものだと思う。

 

ところで、本の中では「狂犬病」も紹介されていた。性格を変貌させるそれも、一種の寄生として紹介されている。

 

犬を狂暴にするというその病気は、この本の中では有名な方だろう。犬を飼っている人ならば聞いたことはあるかもしれない。

 

けれど、より恐ろしいのは、この狂犬病が人間の性格すらも狂暴にしてしまうのだということだ。

 

思いもよらぬ方法で生物の脳を操り、行動や思考を操作する寄生生物。人間すらも変化させることができる彼ら。思わず、自分たちと繋げて考えてしまう。

 

日頃、自分たちの意思で動いているはずの私たち。けれど、自分たちですら気付かないうちに、何者かに寄生させている可能性は、ないだろうか。

 

映画『パラサイト』は、巨大な寄生生物が次から次へと人間に寄生していく、という話だった。寄生された人間は、さらに勢力圏を広げようとして、人間に紛れて活動し始める。

 

それが現実にならないという確証は、どこにあるというのか。いや、あるいは、それが起こっていないという確証は、どこにあるのか。

 

私たちの身体は、さまざまな細胞がそれぞれの働きをすることでひとりの人間として動いているらしい。

 

細胞だけじゃない。何百、何千、何万という細菌が、日々私たちの身体中で活動していて、そのおかげで私たちは毎日を過ごすことができているのだという。

 

いわば、私たち人間はすでに、たくさんの生物とともに生きている、ということになる。そう考えると、多くの寄生生物と同じように、私たちの存在もまた、自然の生んだ奇跡のひとつ、というように考えられるかもしれない。

 

毎日のように自然を壊し、支配しようとすることで文明を築いてきた私たち。自然を大切にしようなどと言いながら、私たちは虫を嫌い、菌を嫌い、自然を嫌う。

 

コロナウイルスの予防のために、と、神経質に手を洗い、消毒をする。その消毒で、手の細菌が失われ、それがむしろ免疫力を下げるのだという皮肉にも気付かずに。

 

寄生生物たちは、自然の中で学び、生存の手段を編み出した。彼らは寄生主を利用しながらも、共生の関係にある。寄生主が滅びれば、彼らも生きられない。

 

私たち人間もまた、寄生している。この地球に。私たちは寄生主である彼のことを、考えることができているのだろうか。

 

 

寄生生物の知恵

 

地球上には、人間の肉眼では確認することができない微生物などが、多種多様に存在しています。現代になっても毎年のように、微生物以外でも新規の生物種が数多く発見されています。

 

このように、まだまだ未知の生物たちで溢れかえっている地球上では、生物が、単体で生き抜くことはなく、すべての生物はさまざまな生物と共生し、影響を与えたり、与えられたりしながら生きていきます。

 

本書では、それらの共生関係の中でも、小さく弱そうに見える寄生者たちが自分の何倍から何千倍も大きな体を持つ宿主の脳も体も乗っ取り、自己の都合の良いように巧みに操る、恐ろしくも美しい生き様を紹介します。

 

まるで犬の散歩のようにハチの意のままについていくゴキブリ、生きながら自分の体内を食われ続けるイモムシたち、さらに食われた後にも自分の体を食べた憎き寄生者の子どもたちを守ろうとするテントウムシ。

 

泳げるわけもないのに体内の寄生者に操られて水の中に入るカマキリ、本来オスであったにもかかわらずメスに変えられ寄生者の卵を一心不乱に抱くカニ。

 

そして私たち人間でさえ体内に存在する小さな別の生き物に操られているかもしれないという研究例などがあります。生物たちのそれぞれの生きる戦略がせめぎ合う共生の世界にようこそ。

 

 

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