当たり前のことができない僕らのための本『発達障害サバイバルガイド』借金玉


「どうしてお前はこんな簡単なことができないんだ!」

 

 

 上司からの怒声を、僕は身を小さく縮込ませて聞く。静かにしていれば嵐は過ぎ去る。僕が学んだひとつの処世術だ。だが、それでも、上司の言葉のナイフが何本も、僕の心を切り裂いた。

 

 

 大学を卒業してすぐ入った会社。だけど、僕はそこで現実を感じた。社会というものは僕が思っていたよりも何倍も難しいものだったのだ。

 

 

 命じられた仕事が上手くできないと感じたのは、入社してすぐのことだった。簡単な作業のはずなのに、どうしてだか僕はこなすことができなかった。

 

 

 最初の頃は温かく見守ってくれていた先輩たちも、時が経つにつれ、「まだそんなこともできないのか」という冷たい視線に変わっていく。

 

 

 僕は焦っていた。どうしてこんなこともできないんだろう。けれど、焦れば焦るほど、ミスが増えて、上司から怒られるようになっていった。

 

 

 内定を取れた頃の嬉しかった思い出は、すでにどこか遠くへと消え去っていた。今の僕は仕事が辛くて仕方がない。でも、やめるという選択肢は思い浮かばなかった。

 

 

 仕事を時間通りに終わらせることができなくて、残業して閉店の時間まで作業をすることが多くなった。

 

 

 休みの日にも会社からの電話に怯えていた。電話口に説教をされて、僕の心の休まる時はどんどん少なくなっていった。

 

 

 携帯電話をじっと見つめる。こんなものがあるから。いっそ海にでも捨ててしまおうか。いや、でもそんなことをしたら、上司に怒られるかもしれない。

 

 

 どうすれば仕事から逃げることができるか。その頃になると、僕はそのことばかり考えるようになった。

 

 

 いっそ、命なんて絶ってしまえば。そんなことすらも、思うほどに。

 

 

 そんな時、ふとテレビを見ると、一冊の本が紹介されていた。借金玉先生の『発達障害サバイバルガイド』という本だった。

 

 

 「当たり前のことができない僕らがどうにか生きていく」と書かれている。その瞬間、僕はまるで天啓が下りたかのように立ち上がった。

 

 

 これは僕だ。僕のことを言っているんだ。そう思うと、僕はいてもたってもいられなくなって、近くの本屋に走った。

 

 

 本を探して、迷わず購入する。発達障害。今まで自分がそうとは思わなかったけれど、今の疲れ切った自分をそう認めることに、戸惑いはなかった。

 

 

 発達障害を治すことはできない。そう言われている。そして、その本にも、そんな方法は書かれていなかった。

 

 

 よくある自己啓発本みたいな、意識の高い目標も書かれていない。ビジネス書みたいに、お金を儲ける方法みたいなのも書かれていない。

 

 

 そこにはただ、「生き延びる」ための方法が書かれていた。まさしくサバイバルガイドだった。

 

 

 書かれているのは、僕でもどうにかできそうだと思うようなもの。僕はその本に書かれていることを、実践してみようと決めた。

 

 

 社会は「普通の人」のためにできている。そして、最近は病気の人や老人、障害者にも、社会は優しい目を向けている。

 

 

 けれど、一方で、社会は僕らのような人には殊更に厳しかった。いわゆる、「普通のこと」ができないような人。障害者ではなく、かといって「普通」でもない人に。

 

 

 でも、社会なんて変えることはできない。僕たちは、そんな残酷な社会の中で生きていくしかないのだ。

 

 

 こんな社会でも、僕らのような人間のことを、ちゃんと見てくれている人がいる。この本の存在は、そんな暖かな希望を僕に教えてくれた。

 

 

「普通」のことができない人のための生活術

 

 この本は、あなたのためのサバイバルガイドです。発達障害という問題を抱えた僕らがどうにか働き、食っていくための「生活術」を一冊にまとめています。

 

 

 意識の高い目標は一切掲げません。たくさんのお金を儲ける方法も、有用な人脈をつくり上げるテクニックも、人生で転ばない処世術も、一切書かれていません。

 

 

 この本には「いかに生き延びるか」、すなわち何度転んでも、何度落とし穴に落ちても、どうにか立ち直るための再起の方法以外、何ひとつ記載されていないのです。

 

 

 みんなが当たり前にやれていることがうまくやれない。人生がまるで上手くいかない。僕は若い頃、漠然とそう感じていました。

 

 

「まともな人」が当たり前としてこなす日常的な物事は、どれもこれも僕にとってあまりに過酷なもののように思われました。

 

 

 今のところ、発達障害を「治す」のはあまり現実的ではありません。となれば、障害を抱えたまま人生を上手くやっていくためのノウハウをつくりだしていく以外に、選べる道はないのです。

 

 

 この本にはひとりの発達障碍者としての僕が、少しでもまともな生活を手に入れるために重ねてきた工夫をみなさんと分かち合いたいという気持ちが込められています。

 

 

 ほんの少しでもあなたのお役に立てたなら、これ以上幸せなことはありません。

 

 

 この本は「サバイバルガイド」、生き延びるための本です。サバイバルとはよりラクに、より快適に、より優雅に生きられる環境を自ら作り上げていくことであると、本書では定めています。

 

 

 みんなでうまいこと生き延びて、幸せになりましょう。やっていきましょう。

 

 

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