忍城の攻防戦を痛快に描き出す『のぼうの城』和田竜


 一杯目はぬるめのお茶をなみなみと注いで。二杯目は少し熱めのお茶を少し減らして。三杯目は熱いお茶をほんのわずかばかり。

 

 

 歴史の資料集を読んでいた時、見かけたそのエピソードがどういうわけか、私の心を捉えた。天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。その一の部下として仕えていた石田三成の逸話である。

 

 

 その気の利いた振る舞いが秀吉の目に留まった。それはどこか、履物を懐に入れて温めていたかつての秀吉の細やかさを感じさせる。

 

 

 しかし、石田三成という人物について、いい噂はいまいち少ない。というよりも、疑惑の方が多く囁かれている印象を受ける。

 

 

 天下分け目の合戦と呼ばれる関ケ原の戦いにおいて、石田三成は豊臣の勢力をまとめ上げる役割を担っていたからだ。

 

 

 秀吉の名を名目に、天下を我が物にしようと企んでいたのではないか。そんな疑惑の真実は、今や誰にも知りようがない。

 

 

 美丈夫。頭がいい。狡猾。戦下手。正義感が強い。野心家。嫌われ者。計算高い。

 

 

 数ある噂があれど、本当の彼の姿は敗者となったその時から、すでに歪められているのかもしれない。

 

 

 石田三成という人物の名を思い出したのは、きっかけがある。和田竜先生の『のぼうの城』を読んだことだ。

 

 

 この本は秀吉が天下統一を目指している折の、忍城の戦いを主軸として描いた一冊である。

 

 

 秀吉の部下として忍城を狙うのは石田三成。作中では正義感が強く、敵にも味方にも卑怯を許さない実直な人物として描かれている。そして、秀吉のような豪快な戦に憧れを抱いていた。

 

 

 対峙する忍城の総大将は成田長親という人物である。タイトルにある「のぼう」とは彼のことだ。

 

 

 私はこの、成田長親という人物のことは寡聞にして聞いたことがない。捉えどころのない人物として見られていたらしい。

 

 

 作中の彼は不器用で、呑気で、空気が読めない。運動不足で馬にも乗れない。「のぼう」とは、「でくのぼう」の意味を持つ。

 

 

 しかし、彼はその人柄から、部下をはじめ、百姓たちからも慕われており、彼のためなら命すら投げ出すほどの高いカリスマを持つ男だった。

 

 

 この本には読み始めてすぐ没入したが、中でも私が心を躍らせたのはやはり、忍城を攻撃する三成勢と城を守る長親勢の衝突だろう。

 

 

 数で圧倒するのは、石田三成だ。そしてその中には、後に優れた武将のひとりに数えられる大谷吉継の姿もあった。

 

 

 対して、長親の勢力は少なく、しかも多くは百姓である。しかし、兵をまとめる将たちは誰もが癖が強く、実力もあった。

 

 

 どちらが勝ったか。結果など、史実を調べればすぐにでもわかる。しかし、勝敗だけで測れないからこそのおもしろさがあるのだ。

 

 

 三成は戦を通じて、手ごわい敵である成親に対する賞賛の念を感じていく。敵同士である彼らの間には、奇妙な絆があるように、私は感じた。

 

 

 この戦いによって、三成は「戦下手」として知られるようになる。後の世にまで響く不名誉だ。だが、彼は果たしてこの悪評を忌々しく思っていたのだろうか。

 

 

「よき戦であった」

 

 

 戦いが終わった後の、三成の言葉である。彼のこの言葉は、紛れもなく本心だろう。

 

 

 彼は全力を賭して戦い、そして敗れた。長親という名将と相まみえたことを喜んでいるようにも思える。

 

 

 三成の戦下手は、彼なりの信念を通したゆえの結果である。それならば、その評価はむしろ彼の高潔な精神を示す何よりの証左ではないだろうか。

 

 

忍城の戦い

 

「治部めは俺の機嫌に構うことなく、正面からこの秀吉を諫めおるわ」

 

 

 天下人豊臣秀吉は苦笑交じりにそうぼやいたとされている。治部とは、秀吉がその才覚を激賞した、石田治部少輔三成のことである。

 

 

 このとき天正十年五月、三成と秀吉は、備中の高松城を攻略すべく建設した巨大な人工堤の上にいた。

 

 

「殿、何を考えてござる。早う本陣にお戻りくだされ。危のうござる」

 

 

 三成は、小男の秀吉の頭にかじりつかんばかりの勢いで叫んだ。秀吉は大笑を発すると、からかうように言った。

 

 

「堅いの佐吉は」

 

 

 佐吉とは、三成の初名である。三成は十二歳の時、近江で秀吉に召し抱えられた。秀吉は今も、初名で呼んでは、時にかわいがり、時にからかい、薫陶を与えてきた。

 

 

「この世で不動の力を発揮するは銭とみよ。これからお前たちにそれを見せてやる」

 

 

 そういうなり、腹いっぱいに息をため込んだのだ。三成はとっさに秀吉の脚にしがみつき、その身体が動かぬよう押さえつけた。

 

 

「決壊させよ」

 

 

 秀吉が大音声で叫んだ。

 

 

 毛利家の備中防衛線は七城である。このうち要となるのが、備中高松城であった。秀吉は、まさに驚天動地の戦術を打ち出した。「水攻め」が、それである。

 

 

 城を人工の堤防で囲み、そこに河川から水を引き入れ、城ごと敵を溺れさせる。それが水攻めである。

 

 

 秀吉がつくった人工堤は、途方もない分厚さと、気の遠くなるような長大さをもっていた。

 

 

 三成の懸念は工期の短さにあった。わずか十二日間の突貫工事でこの人工堤は竣工したのだ。

 

 

 しかも、秀吉は城が沈んでいく瞬間を、人工堤の上で見たいなどとわがままを言い始めたのだ。三成が秀吉をくどいほどに諫めているのは、このためであった。

 

 

 秀吉が大音声を上げると、巨大な人工堤の上にいた数万の兵たちが一斉に鬨を作った。やがて静寂が訪れた。

 

 

 しくじったか。だが、その懸念もわずか一瞬である。天地を揺るがすほどの轟音が、三成の鼓膜を連打したのだ。

 

 

 山々は至るところから河水を噴出させていた。秀吉は水飛沫を浴びながら陽気に歓声を上げた。

 

 

 三成は顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。そしてこのときみた光景を、生涯忘れることはなかった。

 

 

 人工堤から見下ろした地上が一変していた。一面の人工湖となり、その中心で高松城がわずかに本丸を残して没している。

 

 

「俺もこんな戦がしたい」

 

 

 三成は、渦巻く湖水に向かってそう叫んでいた。急速に湧きあがった熱望だけが、三成の頭を一杯にしていた。

 

 

のぼうの城 上【電子書籍】[ 和田竜 ]

価格:495円
(2020/12/6 00:03時点)
感想(1件)

 

関連

 

キリシタンの悲劇の真実『なぜ秀吉はバテレンを追放したのか』三浦小太郎

 

 秀吉はキリシタンに対して苛烈な弾圧を行い、キリスト教を厳しく取り締まった。誰もがキリシタンの悲劇を思ったが、秀吉のその政策は日本を守るためのある深刻な理由があったのだ。

 

 

 キリシタンに同情的な貴方様におすすめの作品でございます。

 

 

なぜ秀吉はバテレンを追放したのか 世界遺産「潜伏キリシタン」の真実 [ 三浦小太郎 ]

価格:1,760円
(2020/12/6 00:07時点)
感想(0件)

 

最高傑作と名高い歴史小説『とっぴんぱらりの風太郎』万城目学

 

 失敗によって育った土地を追い出された忍びの風太郎は、いずれ里に戻れる時を夢見て山にこもる。しかし、因心居士と名乗る老人と出会ったことで、彼の運命は大きく変わった。

 

 

 大切なものを守りたい貴方様におすすめの作品でございます。

 

 

とっぴんぱらりの風太郎 上 (文春文庫) [ 万城目 学 ]

価格:792円
(2020/12/6 00:11時点)
感想(5件)