学校からの帰り道、ふと、突然に、自分が歩いている普段通りの道が、きらきらと輝いて見えた。頭の中に「幸せの小道」という言葉が浮かぶ。うん、これからこの道のことは、そう呼ぶことにしよう。
そうだった。昔、まだ小さい子どもだった頃、私はこの何でもない平坦な道に、そんな名前をつけたんだっけ。当時は幼かった頃とはいえ、思わず赤面してしまう。
当時の私は夢見がちで、とにかくいろんなものに名前をつけていた。それも、乙女チックな恥ずかしい感じの名前ばかり。
どうしてかというと、その当時の私は『赤毛のアン』が大好きで、夢中になって読み耽っていたからだった。その影響を受けていたに違いない。
『赤毛のアン』は日本でもよく知られている作品だ。当時の私はアニメも見たし、絵本や小説にまで手を出していたはず。
アンという孤児の少女がグリーンゲイブルと呼ばれている家に引き取られる。しかし、その家に住むマシューとマリラは、本当は男の子を引き取る予定だった。つまり、何らかの手違いがあったということ。
アンを引き取るかどうか迷った二人は、けれど結局、アンを引き取ってそのまま育てることに決める。こうしてアンは二人のもとで暮らすことになった。
アンは元気いっぱいの、想像力豊かな女の子だ。とにかくよく喋る。小説だと、何行にもわたって彼女のセリフが続いている。きれいなものが大好きで、いろんなものに自分なりの名前をつけている。
トンデモナイ失敗をよくするけれど、いつだってアンはその想像力と魅力とで相手を惹きつけ、結局はみんなが彼女の虜になってしまう。
そして、その物語を読んでいた幼い頃の私もまた、彼女の魅力にとりつかれたひとりだった。アンに憧れて、彼女の真似をするくらい。
今は、そんなこともあったと懐かしむほどに、時間が経ってしまった。アンが成長していくにつれて夢見がちな少女から美しい女性になっていったのと同じように。
今の私は、アンというよりはむしろ、マリラの方が好きになっている。幼い頃はむしろ嫌っていたのだから、私自身も変わったということだろう。
アンを育てることになるマリラは、とても厳しく、いつもアンに説教ばかりしている。幼い女の子ならば、彼女の姿に口うるさい自分の母親を重ねてしまうのだろう。
けれど一方で、今ならば、彼女がいかにアンに対して深い愛情を持っていたかがわかる。アンを優しく肯定してばかりのマシューよりも、私は彼女にこそ愛情を感じた。
アンはいつも学校での話や失敗したことを、マリラに話す。それに対してマリラはきつい皮肉をひとこと。それがまた鋭い。思わずくすっと笑っている。
アンに対する彼女の葛藤やらを読んでいると、私を育ててくれた親もきっと、そうだったのだろうと思ってしまう。だからこそ、より彼女が愛おしくなるのかもしれない。
……なんだか思い出していると、また読みたくなってしまった。あの本、どこに仕舞い込んだっけ。私は自分の家のぐちゃぐちゃの押入れを思い出して、ため息をついた。あの押入れを前向きに考える想像力が、今の私にもほしいものだね。
赤毛の少女
マシューはブライトリヴァー駅に着いた。汽車の気配はまったくなかった。早く着きすぎたかなと思ったので、マシューは小さなブライトリヴァー亭の庭に馬をつないでから、駅舎の方へと歩き始めた。
長いプラットフォームの上にはほとんど人影がなかった。見渡してみて、人間の姿といえば、ぽつねんと座っている女の子がひとりいるだけだ。
マシューが駅舎につくと、ちょうど駅長が切符売り場の窓口に鍵をおろしている姿に出くわした。五時半の汽車はもうすぐかいと、マシューは駅長に声をかけた。
「五時半の汽車ならもう半時間も前に着いて、出ていったよ。でも、あんたのために人がひとり下ろされたな。小さな女の子さ」
「わしは女の子にゃ用はない。男の子を受け取りに来たのさ。アレグサンダー・スペンサーさんとこの奥さんがわしのためにノヴァスコシアから連れてきてくださるのさ」
「きっと何か手違いがあったんだな。まさにそのスペンサーの奥さんだったよ」
「まったくわけがわからん」と弱り果てた顔でマシューが言った。「そうさなあ。本人にきいてみたら?」と駅長はこともなげに言ってのける。
マシューは心の中で苦悶にうめきながらぐるりと振り返り、プラットフォームを女の子の方へとじわりじわりと歩んでいった。女の子の方はマシューが横を通り過ぎていったその瞬間から、彼の姿をじっと目で追い続けていた。
マシューの目当てが自分だと悟ると、女の子はすぐさまぴょこんと立ち上がって、手をマシューの方に差し出すのだった。
「グリーンゲイブルのマシュー・カスバートさんですね。お目にかかれて幸せです。迎えに来てくださらないのかと心配しはじめていたところなんですよ」
マシューは子どもの小さな骨ばった手を取った。そしてその瞬間に、今からどうするかを心に決めた。こんなに目を輝かせている子どもに、これは間違いなどと、とても話せるわけがない。
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