環境が子どもを育てていく『秘密の花園』バーネット


 幼い頃、私は家の近所の山の、少し道を逸れたところに秘密基地を作ったことがありました。子ども心にわくわくしたのを、今でも覚えています。

 

 

 木をちょっと動かしただけの、雨すら凌げないような基地。とはいえ、私にはその貧相な出来栄えが渾身の作だと思えて、大層満足したのです。

 

 

 子どもといえば、親の目の届くところにしか行けないもの。それが、自分だけの空間ということで、私は悪いことをしているかのような背徳感に浸ってぞくぞくしておりました。

 

 

 私が秘密基地に持ち込んだのは、ほんの少し。当時流行っていた携帯ゲーム機とスナック菓子、それからお気に入りの本が一冊だけ。

 

 

 その頃、私が夢中になって読んでいたのは、バーネット先生の『秘密の花園』でございます。

 

 

 恥ずかしながら、その頃の私は「秘密」という言葉に無性に心惹かれておりまして、その本もそういうわけで手に取った次第ですけれども、今にして思えば考えさせられる名作でした。

 

 

 メアリ・レノックスという少女は不器量で、愛想がなく、傲慢な娘でございます。父と母とは滅多に会えず、言いなりになっているインド人の使用人とだけ接していました。

 

 

 しかし、ある時、彼女の父親と母親が流行り病で亡くなり、使用人たちも逃げ出して、メアリは一人ぼっちになってしまいます。

 

 

 父親の仕事の知り合いに発見された彼女は、イギリスに住んでいるという変わり者の叔父のもとに身を寄せることになりました。

 

 

 世話役のマーサと話したり、庭で出会ったコマドリと遊んだりしているうち、彼女は次第に普通の健康な少女らしく笑うようになっていきます。

 

 

 その庭にはひとつ、閉ざされた場所がありました。叔父が妻を亡くした哀しみの末に鍵をかけ、隠してしまった庭でございます。

 

 

 メアリはある時、偶然にも扉の鍵と、そして生垣に隠された扉を見つけます。恐る恐る入り込んだメアリを迎えたのは、荒廃した庭園でありました。

 

 

 彼女はその庭を生き返らせることを目標にします。マーサの弟のディコンに協力を仰ぎ、彼女は庭を育てていくとともに、愛を知っていくようになるのです。

 

 

 子どもの頃の私はメアリが見つけた「秘密の花園」に心惹かれただけでした。しかし、改めて見ると、大人にしか伝わらないメッセージが込められているように感じます。

 

 

 性格が悪く、不器量なメアリを、大人たちは好き勝手に言って、陰口を囁いておりました。

 

 

 しかし、彼女がそうなったのは、彼女が両親から愛情を与えられないまま育ち、使用人からは仕えられているだけだったからです。

 

 

 大人たちは誰も彼女と向き合おうとしませんでした。両親が亡くなったと聞いても哀しみすら感じない彼女に、私は思わず胸が痛んだのです。

 

 

 メアリの渇いた心は、まさしく荒廃した花園そのものでした。大人たちは何の悪気もなくその庭を見て、好き勝手に品評するのです。

 

 

 そんなメアリが変わったのは、庭でコマドリと出会ったことでした。コマドリは彼女の後をついていくようになり、メアリは次第に笑顔を取り戻していきます。

 

 

 世話役のマーサもまた、彼女と向き合ったひとりでした。最初は彼女を嫌っていたメアリも、やがて彼女のことを大切なひとりだと数えるようになります。

 

 

 環境が変わり、ようやく愛を知って、普通の少女らしく成長していくメアリの姿を見れば見るほど、私には、かつての彼女の姿が思い出されました。

 

 

 イラストに描かれている彼女の不機嫌そうな表情は、まるで「お前たちのせいで」と言っているかのように思えて。

 

 

 子どもは植物のようなもの。親がいなくても勝手に伸びていく。けれど、愛情を込めれば美しく育ち、力を込めれば折れてしまう。

 

 

 頭を押さえれば歪んで育ち、水を与えすぎれば枯れてしまう。けれど、大切に伸び伸びと見守ってあげれば、やがてはきれいな花を咲かせるでしょう。

 

 

 今、大人になって。我が子を見つめていると、その姿がかつて頭に思い描いた少女と重なるのです。

 

 

 私は彼女を大切に育てることができているでしょうか。願わくば、より多くの子どもたちの心に美しい「秘密の花園」が咲いていてほしいと思うのです。

 

 

メアリの秘密の花園

 

 メアリ・レノックスがおじさんに引き取られてミスルスウェイト屋敷に行くことになった時、誰もが、こんな感じの悪い子は見たことがないと言いました。

 

 

 メアリは小さなこけた顔をして、身体も小さくて痩せこけていたし、髪の毛は薄くてぱさついていて、いつも不機嫌そうな表情をしていました。

 

 

 お父様は、イギリス軍の士官でしたが、いつも忙しく、やはり病気がちでした。お母様は大変美しい人で、パーティーに行って陽気な人たちと楽しく過ごすことしか興味がありませんでした。

 

 

 メアリは、インド人の乳母のアーヤと他のインド人の召使の黒い顔の他には、誰も身近に見た記憶がありませんでした。

 

 

 召使たちはいつもメアリの言うことに従い、なんでも思い通りにさせました。それで、六歳になった頃には、メアリは鼻持ちならない、我儘な暴君になっていました。

 

 

 その朝は、家の中になにか不思議な気配がしていました。コレラの最悪の症状が発生したのです。多くの人が亡くなって、混乱している間、メアリは子ども部屋に隠れていました。そして、誰からも忘れられたのです。

 

 

 ぐっすり眠って、ようやく目が覚めた時、男の人たちの声が聞こえました。パーニーという名前の若い人は、哀しそうにメアリを見ました。「かわいそうに、誰もいなくなってしまったんですよ」

 

 

 このような奇妙な状況で、突然に、メアリはお父様もお母様もいなくなってしまったことを知ったのでした。

 

 

 二人とも亡くなって、夜のうちに運び出され、生き残ったインド人の召使は家から逃げ出してしまい、誰ひとりとして、お嬢様がいることを思い出した者はなかったのです。

 

 ひとりになってしまったメアリは、一時的にイギリス人の牧師の家に連れられて、それから、イギリスの領主館に住んでいるアーチボルド・クレイヴンという叔父さんのところに行くことになりました。

 

 

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