毒に満ちた最後の少女小説『聖少女』倉橋由美子


彼は私の頭を優しく撫でてくれました。私は幼い頃から彼のことが大好きで、愛していました。けれど、どうやらそれはイケナイことらしいのです。どうしてお父様を愛したらいけないのでしょう。

 

「この前パパの服が洗濯する時に紛れててさぁ、マジでありえなくない?」「えぇ、最悪じゃん。ねぇ?」友人二人に答えを求めるように顔を向けられて、私は答えました。「そうだね」

 

彼女たちは自分の父親のことを嫌っています。私の友人のほとんどがそうでした。中にははっきりと嫌っていないような子もいましたけれど、「愛しているの?」と訊いたら、ぶんぶんと首を横に振っていました。

 

お父様の服と一緒に洗濯されても、何も思いません。それどころか、お父様の服に顔を埋めて、その残り香に包まれると幸せな気持ちになります。

 

私はお父様のことが大好きでした。ウンと小さい子どもの頃に「パパのお嫁さんになる!」と誓ったその願いは、今もまだ、大切に胸の内に秘めています。

 

お母様のことも好きだけれど、お父様は今でもお母様を愛しているから、私にとっては恋のライバルです。お母様はもういなくなってしまったのだから、生きている私の方が有利なはずです。ねえ? そうでしょう?

 

でも、娘が父親に恋をするのは、イケナイこと。私にとっては当たり前のことでしたけれど、きっとみんなが普通で、私が異常なのでしょうね。

 

でも、聞いて! 聞いてください。先日、こんな本を読んだんです。倉橋由美子先生の『聖少女』という本。なんだかアヤシゲな香りのする、図書館の隅っこにひっそりと佇んでいた、その本。

 

そこに出てくる女の子は、まるで私だと思いました。いえ、私は彼女みたいにキレイな感じではないのですけれど。でも、彼女も私と同じ。パパのことが大好きなんです。

 

「ぼく」が愛した少女、未紀はある時、交通事故に遭って母親を亡くし、自らも記憶喪失となりました。見舞いに訪れた「ぼく」に信頼を寄せていた未紀は、自分が記憶を失う前の、一冊のノートを手渡します。

 

それは、未紀の書いた、日記のような、小説のような。彼女がパパと呼ぶ歯科医との甘い蜜月がそこには描かれていました。

 

その描写は恐ろしく生々しくて、読んでいた私は思わず顔が赤くなりました。頭の中に積み上げられる想像の絵画は、次第にパパと未紀から、私とお父様に重なっていくのです。

 

愛する女性、未紀のヒミツを知ってしまった「ぼく」。けれど実は、「ぼく」もひとつの深い、大きな罪のヒミツを隠し持っているのです。

 

いわゆるタブーとされている、近親者同士の恋愛。けれども、その物語には、タブーとされているからこそ背徳的で、どこか神聖にも思える美しい光景が紡がれていました。

 

その物語は、私の揺られる心をゆりかごのように優しく抱きしめてくれました。好きでいてもいいんだよ、と。誰もが否定するようなオゾマシイ私の愛を、受け入れてくれたのです。それだけで、私にとってはその本が聖書のようにも見えました。

 

きっと、お父様は『聖少女』のパパとは違って、私の想いを受け入れてはくれないでしょう。お父様がお母様に向ける愛と私に向ける愛は異なるものです。そして、私が欲しいのはお母様に向けられた愛でした。それは、私に向けられることが決してないのです。

 

けれど、それが何だというのでしょうか。たとえお父様であろうとも、私の気持ちを否定はさせません。好きなものは好きなのです。愛しているから愛するのです。人を愛するのに、理由なんていらないでしょう?

 

 

美しい禁忌の愛

 

ぼくがはじめて未紀を知ったのはある秋の土曜日の夕暮れ時、虎ノ門の近くの路上でだった。そのときぼくは仲間の三人と車を走らせていた。

 

目を上げた時、ぼくは白い生きものがふわふわと近づいてくるのに気づいて車を止めさせた。それが未紀だった。

 

「乗るつもりかい?」

 

「乗せてって」

 

「どこまで?」

 

「どこまででも」

 

「なんだあんたは?」と言いながらエスキモーは慌てて札束を握り潰してポケットに押し込んだ。この白い猫のような闖入者にぼくらは一斉に警戒の目を光らせたが、彼女の方は助手席をひとりで占領して屈託なげに脚を組んだ。

 

「名前は?」

 

「ミキ。未だという字に糸偏の紀」

 

ぼくはこのときの未紀の顔が思い出せない。意志も感情も不在の真っ白な楕円形の顔、あるいは月ほどもありそうな大きさで輝いていた黒い瞳の記憶があるだけだ。

 

その日未紀はぼくらといっしょに横浜まで行った。ぼくらはぼくらの流儀で遊び、朝になった時未紀の姿はなかった。

 

こんなふうにして未紀と知り合ってもう数年たつ。ぼくが未紀に近づき、その手や髪にさわることができるようになったのは、数か月前に起こったある事件のためである。

 

新聞の見出しは、女子学生の車暴走となっている。要するにこれはありふれた交通事故のひとつにすぎない。そして頭を打った未紀が、この事故からさかのぼって過去の記憶を一部失ってしまったことも、器質性のアムネジアの一例にすぎない、ともいえる。

 

 

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