少女とかかしとブリキとライオン『オズの魔法使い』ライマン・フランク・ボーム


昔、よく覚えている本がある。大きくて分厚い飛び出す絵本。英語で書かれていて、ストーリーはちっともわからなかったけれど、精巧で豪華な飛び出す仕掛けが大好きで、暇があればめくっていたくらい大好きだった。

 

その物語の名前が『オズの魔法使い』というのだと知ったのは随分と後のことで、そのストーリーを知ったのはさらに後のことになる。

 

竜巻に家ごと吹き飛ばされてオズの国に来てしまったドロシーが、脳みそがほしいかかしと、心が欲しいブリキの木こりと、勇気が欲しい臆病なライオンとともに、故郷に帰るために魔法使いがいるエメラルドの都を目指す、というお話。

 

その物語を読んだのは私が高校生になった頃。読んだ時は、もっと幼い子どもの頃に読んでおけばよかったと悔しくなった。子どもの頃に読んだら絶対に一生忘れられないほど好きになっただろうから。

 

大人として読むと、その物語は素直な冒険譚じゃなくなる。それもそれで楽しいとは思うのだけれど、やっぱり、自分がどこかひねくれてしまったなと、思わず感じてしまう。

 

たとえば、それぞれの願いを胸に抱えて旅に同行してくれている仲間たちが、他の誰よりも、その本質を持っていること。

 

賢くなりたくて脳みそが欲しいかかしは、たまに物事の本質を突くような鋭い意見や、驚くほど頭の良い意見を言い放っている。でも、彼は他の誰かがそんなことまで考えていないとは思わない。脳みそがない自分は賢くないと思っているから。

 

ブリキの木こりもそう。彼は心がないと、自分で言う。でも、彼は決して、どんな小さな生き物の命を奪うことをしない。自分に心がないからこそ、彼は命の大切さを誰よりも知っているから。

 

臆病なライオンは勇気が欲しい。でも、仲間が危機に陥った時、彼は誰よりも前に出て仲間を守る。彼の勇気のなさは優しさの裏返し。

 

私は、脳みそもある。心もある。勇気も、あるかもしれない。でも、果たしてかかしのように、あるいは木こりのように、はたまたライオンのように、振舞うことができるだろうか。

 

物事の本質を見つめることができているかな。小さな生き物の命も大切にできているかな。大切な誰かのために恐怖に立ち向かうことができているかな。

 

きっと、私たちは誰もが、やろうと思えばできるのだろう。だって、私たちには、脳みそも、心も、勇気もあるのだから。

 

でも、誰もしない。それは怠慢だったり、恐怖だったり、自己保身だったり。いろんな理由があるけれど、とにかく、できるけど、やらないのだ。

 

そのことを、ひどく痛感させられる。楽しげな冒険物語も、ひねくれた私の目には、自分を偽って生きるずるい私自身を映し出す鏡に見えた。

 

私も、ドロシーみたいに強くあれたなら。いや、そうなるのは、きっと簡単で。鏡に映る情けない自分の鏡像を粉々に砕いて、自分の中にある脳みそや、心や、勇気を、認めてあげればいいだけなんだ。

 

 

頭脳、心、勇気

 

ドロシーはカンザスの大平原のまんなかで、ヘンリーおじさんとエムおばさんと暮らしていました。ヘンリーおじさんはお百姓で、エムおばさんはその奥さんです。

 

三人が住むのは小さな家です。屋根裏部屋も地下室もなく、床下の地面に小さな穴が掘ってあるだけです。そこは竜巻用地下室と呼ばれ、竜巻がやってくるときに、家族が逃げ込めるようになっていました。

 

ドロシーが玄関のドアの前に立ってあたりを見回しても、見えるのは広大な灰色の平原だけです。あたり一面どこまでも、地平線が続くかぎり、その平原には一本の木も一軒の家もありませんでした。

 

ドロシーを笑わせてくれたのはトトでした。長くてつやつやした毛の黒い子犬で、トトは一日中遊んでいて、ドロシーもトトも一緒に遊んで、トトをとてもかわいがっていました。

 

けれども今日は、ドロシーとトトは遊んでいません。空はいつもより灰色です。北のずっと遠くの方から、みんなの耳に風がうなる低い音が聞こえてきて、ヘンリーおじさんとドロシーには、丈の高い草が波打ち頭を下げるのが見えました。

 

エムおばさんは皿洗いを止めて玄関に駆け寄りました。外をひとめ見て、竜巻が追ってきているのがおばさんにはわかりました。

 

「ドロシー、はやく!」おばさんは叫びました。「竜巻穴に入るよ!」

 

ところがそのとき、トトがドロシーの腕からぴょんと飛び出してベッドの下に入ってしまったのです。ドロシーはトトをつかまえようと追いかけます。

 

ようやくトトをつかまえたドロシーは、おばさんのあとから穴に入ろうとしました。けれども穴の入り口まであと半分というところで、竜巻が大きく金切り声を上げたかと思うと、家がひどく揺れて、ドロシーが立っていられなくなって床にどすんとしりもちをつきました。

 

そのとき不思議なことが起こりました。家が二、三回まわり、ゆっくりと空中に浮かんだのです。ドロシーは気球に乗っているような気分でした、

 

何時間も過ぎると、次第におそろしいという気持ちも収まってきました。でもとても心細く、あたりで風がうるさくきしるような音をあげるので、ドロシーは耳が聞こえなくなりそうでした。

 

やがてドロシーは揺れる床をベッドまで這っていき、横になりました。トトもついてきて、ドロシーのとなりで丸くなりました。

 

家は揺れて風は唸っていましたが、ドロシーはすぐに目を閉じ、眠りに落ちたのでした。

 

 

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