ぼやけた視界の中でディスプレイに映されたエクセルの画面が曲がって歪む。打ち込まれていく数字がまるで襲い来るかのようだった。
瞬きをすると、ディスプレイ上の幻想は掻き消えた。私は缶コーヒーを飲んで再びキーボードを叩く。
缶コーヒーが効いてきたのか、次第にぼやけていた視界が明朗になり、脳内にかかっていた眠気の霧が晴れていった。
私の指に合わせてディスプレイに数字が打ち込まれていく。それは流動的に動く会社の莫大な金である。
私はその仕事を無感情にこなしていた。失敗もなく、可も不可もなく、それなりの仕事を終わらせていく。
仕事は特に好きではなかったが、嫌いでもなかった。しかし、給料は良かったし、自分なりに気に入っていた。
ただ、とにかく無心に数字を打ち込み、時間までにノルマを終わらせる。それが私がやることのすべてだった。
定時を少し過ぎた頃、私は仕事を切り上げて帰路につく。空は少し赤らんできていた頃合いである。
夏の日差しは弱くはなってきたものの、未だ突き刺すように強い。私の項から入り込んだ熱量のかたまりが私の身体を静かに燃やしていく。
私はふと、思い立って本屋に立ち寄ることにした。日差しに晒されて熱くなった私の身体を心地よい冷気が抱きしめていく。
とはいえ、何を買いに来たわけでもない。心あらぬようにふらふらと店内をさまよい歩く。
ふと、目についたのは一冊の本だった。サン=テグジュペリの『星の王子さま』である。
私は衝動的にその本を手に取った。
本当に大切なものは目に見えない
私は読み終わった本を閉じた。窓の外に広がっている空はすでに日が落ち切って、暗く染まっている。
見上げるほど大きなダークスクリーンには、点々と静かに星が輝いていた。私はそれをじっと見つめる。
この星のどこかに王子が住んでいた星があるのだろうか。あるいは、他にも、王様や偉い人のように狭い星で自分のやりたいことをしている星があるのだろうか。
私の胸をずくずくと突き刺してくるこの奇妙な羞恥心は何だろう。私は首を傾げた。
王子の純真な言葉を読むたびに、私は羞恥に襲われることになった。私はそのたびに目を離して身悶えすることを余儀なくされた。
その理由を、私はようやくわかった。
王子の言葉は世の中の建前を全部取っ払って、本質だけを見据えていた。しかし、私はその通りに出来ていない。
そのことが、私には言いようのしれないほど恥ずかしかった。自分の考えが間違いだということに気づいたからだ。
王子の見る世界はきっと、ものすごく単純な一本道なのだ。彼は光り輝くその道を見渡しながら歩いている。
幼い頃の私は王子と近しい考え方だったのだろうと思い出す。いつしか、私はなりたくないと思っていた大人になっていた。
本当に大切なものは目に見えない。聞いたらそうだと答えるだろうが、多くの大人はこのことを忘れている。
私は実業家と同じであった。ただ、数字を数えることだけに執心し、特許や権利こそがすべてだと思っていた。
しかし、大切なのは数字ではない。数字はあくまでも表面に現れているだけのことであり、実際にお金が動いているところを見たことはない。
私もまた、数字に囚われていたのだ。大人の中にある常識や建前は真実を隠す垂れ幕である。
生き方を変えることはできないだろう。しかし、考え方だけならば変えることはできるはずだ。
数を数えても、役には立っていない。王子からそう言われたとき、私はきっと実業家と同じように答えることができないだろう。
いつかは答えられる時が来るのだろうか。私は空を見上げて、輝いている小さな星に問いかけた。
建前に隠された本質を教えてくれるファンタジー
僕が操縦していた飛行機のエンジンのどこかが壊れて、僕は誰もいないサハラ砂漠に不時着した。
整備士も乗客も乗せておらず、僕はひとりで難解な修理をこなさなければならなかった。
飲み水は一週間足りるか足りないかしかない。生死のかかった問題だった。
星空の下で、僕は孤独に砂の上で眠りについた。だから、夜明けに小さな声に起こされたときは心底驚いたものである。
目の前にいたのは不思議な雰囲気を持つ小さな男の子であった。砂漠の真ん中なのに疲れた様子も飢えた様子もない。彼は突然現れたのだ。
彼は小さな声で懇願するように言った。
「おねがい……ヒツジの絵を描いて!」
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