ユニークな発想とブラックユーモアの短編集『笑うな』筒井康隆


「笑うなって言われたら、なんか笑っちまうよな」「そうだな」「笑うなって言われたときほど、なぜか面白いんだよな」「そうだな」

 

「俺、この前、本を読んだのさ」「へえ、そりゃあ、何の本だ」「筒井康隆の『笑うな』っていう短編集さ」「へえ、で、そいつぁどうだった?」

 

「ヘンテコな話ばっかりさ」「たとえば?」「たとえば、このタイトルにもなっている『笑うな』なんてな」「どうだった?」「へへへ、おもしろいもんさ、うひひひ」

 

友人の斉田とかいう男から連絡があったのさ。すぐに来てくれと。で、行ってみると、だ。斉田は何か妙な態度を取っているわけだな。

 

「笑うなよ」なんて言って。で、斉田がようやく言ってくれたのが、なんとタイムマシンを作っちまったってんだな。それでもう、二人そろって大爆笑よ。

 

そしたら今度は、そのタイムマシンを試してみようぜってことになる。で、試したわけだ。で、その結果に二人また笑っちまう。そんな話さ。

 

「それがそんなにおもしろいのかい?」「おもしろいように聞こえないかい?」「まあ、そうだね」「まあ、そうだろうな」

 

「でも、読んでみりゃあわかる。『ワハハハハハ』っていう、奴等の笑い声は読んでいるとクセになって、な、読んでいる俺まで気が付きゃ笑ってんのよ。ワハハハハハってな」

 

「へえ」「つまり、だ。ほら、子どもは立ち入り禁止のところにこそ入りたがるだろ。廊下を走っちゃいけませんって言われたら、廊下を今にも走りたくてうずうずするもんさ」「そうかな」「そうだろ」

 

「だから、さ」「うん」「笑うなって言われたら、笑いたくなっちまう」「うん」「それが人間の性ってもんじゃねぇのかい」「うん」

 

「おまけに、だ」「うん」「人が笑っているとさ」「うん」「なんだか笑えてくるだろ。自分はなんともなくてもさ」「そうだな」

 

「つまり、わかるだろ?」「なにが?」「人を笑わせたい時はよ、まずひとつに、自分たちが笑うことさ」「なるほど」「そうすりゃ相手も釣られて笑うからな」「そうかもな」

 

「もうひとつは」「ああ」「絶対に笑うなよって念を押しておくことさ」「なるほど」「何度もな」「何度もか」「一度だけじゃあ笑っちまうかもしれないだろ」「なるほど」「だから、何度もだ」

 

「わかるな、プフッ、だから、わ、笑うなよ」「くふ、笑っているのは、お前じゃないか、くくく」「ダメだって、いいか、フッ、笑うな、笑うなよ」「お前もだ、ふふ、笑うな」「笑うな」「笑うな」

 

「プッ」「くはっ」「ワハハハハハ」「あーはっはっはっはっはっは」「わ、笑うなって、ワハハハハハ」「お前こそ、あははははははは」「いーひっひっひっひ」「うへへへへへへ」

 

 

笑うなよ

 

友人で、電気器具の修理工で、電気製品の特許を四つ持っていて、独身の、斉田という男から電話があった。

 

「ちょっと、来てくれないか」彼は蚊の鳴くような声で、おずおずと、そういった。

 

「なんだ。どうかしたのか。何かあったのか」と、おれは訊ねた。

 

「うん。そのう」声がしばらく途切れた。どう言おうかと考えているようだった。「ま、来てくれたら話すよ」

 

「いそぐのかい」

 

「うん。いや、いそぐというほどではないんだが、もし暇なら、アノ、まあ、できればすぐに来てもらった方がありがたいんだが」

 

彼は非常にすまなそうな口調でそういった。彼に似つかわしくないその口調が、おれにはかえって、よほど大変なことが起こったのではないかと思われ、だからすぐに行くと返事をした。

 

大通りに面した彼の店へ入っていくと、彼は、やあといって、まぶしそうにおれの顔を眺め、店の隅の小さな応援セットを指した。おれと斉田は向き合って腰を下ろした。

 

「どうしたんだ。何があった」

 

「うん、まあ、たいしたことじゃないんだが」

 

「だって、早くこいといったじゃないか」

 

「う、うん」斉田は、泣き笑いのような表情を浮かべ、恥ずかしくてたまらぬといった様子で、身悶えするように身体を揺すった。それから、上目遣いにおれの顔を見た。「あのう、実は」そこまでいってから、くすくす笑った。

 

おれはいらいらしながらも彼につりこまれてクスクス笑った。「ナ、なんだよう。早く言えよ」

 

彼の顔は、真っ赤になっていた。「あの、マア、言うけどさ」また、クスクス笑い、おれをちらりと見て目を逸らし、さりげなく言った。「いうけど、笑うなよ」

 

「だって自分が笑っているじゃないか」おれは笑いながらいった。

 

「そうか。ま、まあいいや。あの」

 

「なんだ」

 

「じつは、タイム・マシンを発明した」彼は明らかに泣き笑いをしながら、そういった。

 

おれは、しばらく黙っていた。口を開こうとすると爆笑しそうだから黙っていたのである。だが、体中が小刻みに震えだすのを、斉田に悪いと思いながら、どうすることもできなかった。

 

「わ、わ、笑うなよ。な」

 

おれはとうとう、プッと吹き出した。斉田は、泣き笑いの表情のまま、声をあげて笑い出した。「ワハハハハハ」

 

「ワハハハハハ」おれも声を出して笑った。

 

 

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