不条理なダーク・ファンタジー『ダレン・シャン』Darren Shan


 僕は、どうしても忘れられない物語があった。思い出すのは、燃え盛る木の杭と、オレンジ色の髪。つぎはぎの顔。

 

 

 『ダレン・シャン』。僕がその作品を読んだのは、小学生の頃だ。図書館にシリーズが全部そろっていて、読書にハマっていた時期に夢中になって読んでいた。

 

 

 作者の名前も、ダレン・シャンという。その頃は疑いを知らなかった僕は、その物語が作者に実際にあったことなのだという言葉を、素直に信じていた。

 

 

 とはいえ、決して現実的な話じゃない。それどころか、幻想的で、それでいて残酷なファンタジーだ。

 

 

 ダレン・シャンはある時、親友のスティーブと一緒に奇妙なサーカス「シルク・ドゥ・フリーク」を訪れる。

 

 

 次々と登場する奇怪な芸人たちにダレンが夢中になっている傍ら、あるひとりの男が登場してから、スティーブの様子がどこかおかしくなっていた。

 

 

 ショーが終わり、帰ろうとしたダレンに、スティーブは「先に帰ってろ」と言って、ひとりだけサーカスへと戻っていった。気になったダレンは、彼の後を追いかけてみる。

 

 

 スティーブはひとりの男と話していた。それは、サーカスに登場していた、「蜘蛛を操る男」クレプスリーだった。

 

 

 こっそりと身をひそめて彼らの話に耳をそばだてていたダレンは、スティーブの言葉に驚くことになる。クレプスリーは、本物のバンパイアだというのだ。

 

 

 スティーブは「仲間にしてくれ」と持ち掛けるが、断られていた。一方で、彼がバンパイアだと知ったダレンは、ひとつの無謀な行動に出る。

 

 

 クレプスリーの商売道具である蜘蛛を盗み出し、彼の真実を使って脅迫したのだ。しかし、事態は思わぬ方向にころがりだす。

 

 

 蜘蛛がスティーブを刺した。蜘蛛の毒が彼の身体を蝕み、親友の命の灯火が消えようとしていた。

 

 

 ダレンは、彼の命を救うために、再びクレプスリーのもとを訪れる。頼み込む彼に、クレプスリーは取引を持ち掛けた。

 

 

「吾輩の弟子になれ」

 

 

 それは、バンパイアとなり、人間の世界を捨てろということに等しかった。親友の命と、人間としての自分。ダレンはひとつの決断を下す。

 

 

 その日、ダレン・シャンというひとりの人間の少年が、命を失った。壮大な物語はそうして始まる。

 

 

 僕は、この暗く、陰鬱で、それでありながらも魅力的な物語に引きこまれ、あっという間に魅了された。それこそ、バンパイアの目に惑わされたかのように。

 

 

 今でも改めて思うのは、児童ファンタジーとしては、無慈悲で、残酷なsカウ品だったということだ。

 

 

 重要だと思われる魅力的な登場人物が、次々といなくなっていく。それも、最期の描写がありありと浮かぶようなこともあった。

 

 

 物語はハッピーエンドで終わる。特に、子どもの読む物語なんて、悪人はひどい目に遭い、善人は幸せになる。めでたし、めでたし。そんなものばかりだ。

 

 

 けれど、『ダレン・シャン』は違う。好きなキャラクターが容赦なく、いなくなっていくのだ。裏切りや、争い、読んでいて苦しくなるような展開が後を絶たない。

 

 

「現実の世界は汚いし、とても厳しい。ハッピーエンドなどそっちのけだ。人は死ぬし、喧嘩には負けるし、悪が善に勝つ」

 

 

 作者が冒頭で言っていた、この言葉。まさに、その通りだった。これは物語だけど、現実のように、厳しく、冷たい。

 

 

 だけど、まさにその無情さこそが、小学生の僕がこの物語に魅了され、今もなお世界中の人たちに愛される、このダークファンタジーの面白さなのかもしれない。

 

 

バンパイアの世界へ

 

 ぼくは昔からずっと、クモが好きで好きでたまらなかった。小さい頃は、集めたこともある。

 

 

 九歳の頃、パパとママが小さなタランチュラを買ってくれた。あれは最高のプレゼントだった。

 

 

 なのにある日、テレビのアニメの真似をしてタランチュラを掃除機で吸い込んだら、ぼくの愛しいタランチュラはばらばらに引き裂かれてしまった。

 

 

 ところで、こんな昔のクモの話を、なんでいまさら持ち出したかって? それは、これから話すことはひとつ残らず、本当に起きたことだと信じてほしいからだ。

 

 

 現実の世界では、軽はずみなことをすれば、ふつう痛い目に遭う。でも本の世界なら、主人公はどれだけ失敗しても構わない。

 

 

 何をしても、最後にはすべてめでたし、めでたしだ。なにもかもうまくけりをつけて、ハッピーエンドで楽しく終わる。

 

 

 ところが現実の世界は汚いし、とても厳しい。ハッピーエンドなどそっちのけだ。人は死ぬし、喧嘩には負けるし、悪が善に勝つ。このことを、話に入る前に確かめておきたかったんだ。

 

 

 あとひとつだけ。ダレン・シャンというのは、ぼくの本当の名前ではない。これから話すことは、なにもかもぼくの身に起こったことだけれど、名前だけは変えさせてもらった。

 

 

 なぜかって……これも最後まで読めば、わかってもらえると思う。ぼくの名前はもちろん、国や町の名前も書いていない。というより、書きたくても書けないんだ。

 

 

 前置きはこのくらいにして、そろそろ話に入ろうか。

 

 

 これがただの作り話ならば、風が吹き荒れ、ベッドの下で何やらガサゴソ音がする場所から始まるところだけれど、本当の話だから実際に始まったところから話すしかない。

 

 

 あの日、ぼくはトイレにいた。

 

 

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