警察の闇を描く本格警察小説『潜在殺』渥美饒児


白と黒を纏ったパトカー。制服を着込んだ警官たち。犯罪者を取り締まり社会の平和を守る、正義の象徴……。しかし、彼らの全てがそうではないのだということを、私は知っている。

 

しばしば警察官が犯罪に手を染めるという事件が起きている。彼らとて人間だ。犯罪のより近くにいる彼らが、心の内から囁く声に負けることは、ある意味仕方のないことかもしれない。

 

だが、それでも組織としての警察は、まだ「正義の味方」であったと、私は信じていたのだ。渥美饒児先生の『潜在殺』を読むまでは。

 

潜在殺とは、刑事たちの間で使われる隠語であるらしい。組織に不都合な人間は依頼退職を迫られ、やがて姿を消す。その後の彼らの行方は誰も知らず、生きているかどうかさえ定かではない。その言葉が存在していること自体が、組織の闇の象徴のように思える。

 

最大の勢力を誇る暴力団、黒岩組。彼らに絶縁状を出された俠誠會は、あろうことか、黒岩組と敵対している龍神組に寝返った。

 

暴力団への対処を専門としている警察、通称マル暴は、彼らの間に走る緊張から必ず争いが起こると、警戒を強めていた。

 

そんな時、俠誠會の若頭、諸井謙信が何者かによって撃たれ、命を奪われる。組員たちが殺気立つ中、彼の遺体を検死すると、ある不可解な事実が明らかになった。

 

彼を撃った拳銃は、ニューナンブと呼ばれるもの。それは、日本の警察官が標準装備している銃だった。

 

暴力団、と聞くと、私たちはどうしても身構えてしまう。しかし、この作品を読むと、彼らに対するイメージが少し変わった。

 

警察と暴力団は敵対する関係にある。マル暴は彼らを抑えるための組織だ。しかし、彼らの間には、ただ憎悪や敵意といったものとは異なる、それはある種の絆とも呼べるようなものがあるように感じた。

 

もちろん、仲良しこよしというわけでは決してない。彼らの会話は表面上こそ穏やかでも、言いようのしれない緊張感が漂う。時には暴力に訴えかけるやり取りもある。

 

しかし、それでいて、どこか彼らの間には信頼感のようなものがあった。それはきっと、互いに相手の立場を尊重し、社会的な姿勢とは異なる関係で繋がっているからだろうと思う。

 

私たちから見れば、暴力団は「悪」で、警察は「正義」だ。だが、正義も悪も、ただ敵対しているというわけではない。正義には正義の、悪には悪の領分がある。

 

でも、と、思う。「潜在殺」という言葉があるほどの闇を抱え、汚職が絶えない警察という組織は、果たして「正義」なのだろうか。

 

警察官に憧れる人たちはきっと、正義感が強いのだろう。誰かを守るために、あるいは人々の平和のために。彼らは懸命に努力して警察官になる。

 

しかし、組織としての「警察」はどうだろうか。私は、社会に根差す「組織」である以上、それが清廉潔白であるとは、どうしても思えない。

 

警察官は、きっと私たちが信じるような「正義」の味方だ。でも、警察という「組織」は、善悪という基準では動いていないのだろうと思うのだ。

 

組織であるからこそ蔓延している毒は、警察官たちの正義を次第に蝕み、彼らをもその内部に取り込む。彼らは「正義」を忘れ、ただ組織の一員として従事するようになる。それがたとえ自分の正義に反していたとしても。

 

「仕事だから」。その言葉を盾に、私たちはどんなことでもしてしまう。組織は善悪ではなく、利益を基準に動くシステムでしかない。そこに感情はなく、欲望と義務だけがある。

 

正義の味方である警察は、一転して、巨大な社会悪になりかねない。一個人のちっぽけな正義など、組織は簡単に吞み込んでしまう。私たちは本当に「警察」を、「社会」を信じていいのだろうか。

 

 

事件の裏に潜むもの

 

梅雨の合間の久しぶりの青天だった。雲のないウルトラ・マリンの大空が天蓋を覆っている。あらゆるブルーの絵具を塗り重ねると、このような味わい深い瑠璃色になるのだろうか……。

 

沖田誠次は捜査車両の助手席で、ある画家の名前を思い出そうとしていた。無意識に左手甲にある古傷を撫でる。考え事をする時の彼の癖だ。

 

「誠やん。むずかしい顔をして、なにをブツブツ言ってんのや」

 

運転しているのは相棒の反町隆将巡査部長。個性派揃いの静岡県警中部署・刑事二課にあって、〈理詰めの沖田〉と〈行動力の反町〉は絶妙なコンビだ。

 

「それにしても、黒岩組の動きが不気味だな」

 

「ああ……俠誠會は黒岩から絶縁状を出されながら、龍神組の盃を受けたんや。組長の黒岩源次が黙っているとは考えられんで」反町は前方を見据えて目を細めた。

 

〈扨て今般、黒岩組系俠誠會は渡世上不都合の段多々有り、依って協議の結果、絶縁と致しました。理由の如何を問わず、縁組、客分、商談、交友したる場合は、微力ながら一門を挙げて御挨拶を申し上げます……〉

 

先日、黒岩組が自身の下部組織・俠誠會に対して絶縁状を出したことが全国の暴力団及び警察機関の中を駆け巡った。

 

そのような状況下において、構成員八十人足らずの俠誠會が、黒岩組と敵対する関西系指定暴力団の龍神組の盃を受けたとの情報がもたらされた。

 

先ほど反町が「静かすぎる……」と洩らしたのは、両組員たちの報復行動のことだ。長期にわたり市内を取り仕切ってきた黒岩組が静観していることが、暴力犯係として納得がいかないのだ。

 

 

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