「やあ北斗、調子はどうかね?」
そう言ったのは燃え上がる衣に身を纏った青年であった。その容貌は目を瞠るほど美しく、活力に満ち溢れている。
「南斗か。貴様は相変わらず気楽だな。変わらず仕事は増えるばかりだというのに」
北斗と呼ばれ答えたのは薄氷のような青い絹衣を纏った老人である。青年と対照的にその容姿は醜く、真一文字に閉じられた口元からは彼の厳格さがうかがえよう。
南斗星君は「生」を管理していた。その仕事は遥か昔から多忙であったが、今はむしろ比較的に落ち着きを見せている。
対照的に多忙なのは「死」を管理している北斗星君である。昨今は寿命を迎える前の若者が多いこともあり、娯楽に走る暇すらない。
「人間の数を調整することが我らの使命だ。しかし、時が経つごとに彼らの好き勝手な行動はひどさを増すばかり」
人間はもともと神仙が蓬莱の地に宿る仙気に頼らずとも存在を保つことができるようにするために創られた存在である。
彼らの信仰が神仙の力となる。しかし、彼らは次第に地上にある実りをあまりにも多く搾取し始めたものだから、創造した女媧も頭を抱えることとなった。
そこで、彼らを神仙のような不老不死ではなく有限の存在として創り、生と死によって数を管理することにしたのだ。
その任を担うこととなったのが北斗星君と南斗星君である。
しかし、仕事は多忙を極めた。なにせ、人間ときたら尋常じゃない勢いで生と死を繰り返していくのだ。
人間は増えすぎても困るし減り過ぎても困る。数が慌ただしく増減する彼らの数を調整するのは時代とともに難しくなっていった。
にもかかわらず、彼らときたら次第に本懐である信仰を忘れ、好き勝手に地上を荒らし始めた。
北斗は数を一気に減らして管理しやすくし、本懐を思い出させることを提案したが、いまだそれが実現には至っていない。
おかげで、近頃は北斗星君はずっと寿命の記された巻物と睨み合いを続ける日々を送っている。
「君は堅苦しすぎだよ、北斗。ちょっとは巻物以外にも目を通して休んではどうかね」
南斗星君は懐から本を取り出した。『僕僕先生 零』と書かれている。彼はそれを北斗星君に手渡す。
「人間が書いた物語だ。我々神仙のことを書いている。正しくはないが、面白くはある。気晴らしにはなるだろう」
そんな暇はない。そうも思ったが、南斗が自分のことを心配してくれているのはよくわかる。その心遣いごと断るのはさすがの北斗星君も気が引けた。
「返すのがいつになるかわからんぞ」
「ああ、構わない」
弱くなって初めて知ること
北斗星君は読み終わった本を閉じた。中々に興味深い内容で、彼としては満足である。
彼が感心したのは不老不死である神仙と有限である人間の考え方の違いであった。
我々神仙は常に自らを高めようとしてきた。永遠に等しい時間で自己を研鑽することでより高みへと昇っていける。
しかし、作中には自ら力を削る神仙が登場する。
北斗星君にとって、いや、おそらくは多くの神仙にとってそれは今までまったく発想になかった考えであろう。
今まで高めてきた自分の力をわざわざ削るとは。まともに考えれば今までの自分の苦労を無に帰すような愚かな行為であろう。
しかし、この本を読んでふと思った、弱いというのはすなわち劣っているのであるとは必ずしも言えないのではないか、と。
高みに上ると広大な景色が見渡せる。しかし、そのためにひとつひとつを見定めることができない。
千里を走り万里を見渡す神仙だからこそ気づかず、弱者である人間だからこそ見えるものもあるのではないか。
北斗星君は今まで創世の時から死を迎えた人間の数を管理してきた。それこそが彼の仕事であったからだ。
しかし、果たして人間のことを知っていると言えるのだろうか。人間の死をひとつの現象として見て、彼らそのものを見たことはないのではないか。
北斗星君も南斗星君もすでに行き着くところまで行き着いた感覚があった。それ以上の高みを見定めることができないでいた。
しかし、この本で何かを得たような気がするのだ。より高みへ上るための扉の鍵を。
高みに上るには下からの視点も必要となる。ただ階段を上り続けるだけが自己の研鑽ではないのだと。
人の器に入った水の神仙と料理仙人が旅に出るファンタジー
天地が今よりもずっと熱く、神々がその主人だった頃のお話。老君は全ての始まりとして「一」を置いた。
次に老君は三聖を作り上げた。黄帝軒轅、炎帝神農、西王母である。老君は彼らに「一」から新たな天地を育てていくよう命じた。
黄帝軒轅は天地の秩序を、炎帝神農は存在の創造を、西王母は殖やすことを務めとし、老君の命をこなしていた。
そうして栄えていった神仙の世界に、ある異変が訪れた。まずそれを察して行動したのは黄帝軒轅と西王母であった。
西王母が警告するところ、神仙を生かしている蓬莱山の仙気が尽きかけようとしている、と。
黄帝軒轅はそれを神仙の消費する仙気があまりにも膨大であるところを指摘した。
そこで、黄帝軒轅は神仙よりも遥かに弱い「人」を生み出して、信仰させることで賄おうと考えた。
しかし、生み出したものに等しく愛情を注ぐ炎帝神農はそのやり方を嫌い、二人の間に溝が生じた。
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