19歳になったアリスが再び不思議の国を訪れる『アリス・イン・ワンダーランド』ティム・バートン


 私は幼い頃からルイス・キャロル先生の『不思議の国のアリス』が大好きでした。

 

 

 幼い頃はいつもアリスの姿に自分を重ねて不思議の国へと旅立っていたものです。

 

 

 チェックを着た片眼鏡の白うさぎを追いかけていくうちにうさぎの穴に飛び込んで、身体が大きくなるケーキを食べる。

 

 

 公爵夫人の家で赤ちゃんを抱いて、枝の上で姿を消していくチェシャ猫の、最後まで残る大きなにやにや笑いに案内される。

 

 

 おかしな帽子屋と三月うさぎとヤマネに混じって終わらないお茶会に参加して、ニセウミガメとグリフォンの歌を聞く。

 

 

 ハートの女王の裁判に参加して、無数のトランプたちが自分に躍りかかってくる。そんなおかしな物語。

 

 

 私はあの奇妙でナンセンスな物語に大いに魅了されて、毎日のように読みふけっては耽溺したものでありました。

 

 

 そんな自分が幼い頃のことをふと思い出したのでございます。長らく忘れていたのですけれども。

 

 

 きっかけは、そう、ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』を見て以来、でしょうか。

 

 

 リンダ・ウールヴァートン先生が脚本で、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウを演じたジョニーデップ様が出演していることで話題になりました。

 

 

 私は今さらながらその映画を観たのですけれども、ええ、とても面白かったですよ。

 

 

 『不思議の国のアリス』の原作が醸しているあの独特な雰囲気を出すのはとても難しいことだとは思うのですが、ティム・バートン監督の世界観とマッチしていました。

 

 

 原作のナンセンスな世界観を大衆的なファンタジーと上手く絡めているのには、さすがだなと感心させられました。

 

 

 ジャバウォックも、バンダースナッチも、『不思議の国のアリス』ではありませんが、ルイスキャロル先生の作品に登場しています。

 

 

 圧政と戦うレジスタンスというのは世界観に合わないと思っておりましたが、ああも違和感なく現代的な物語に昇華させられるとは。

 

 

 ジョニー・デップ様の演技もまた、不可思議な世界観を助長していて、それが『不思議の国のアリス』らしさを出していました。

 

 

 あの二人がいたからこそ、この映画がこれほどまでの完成度を誇ったのでしょうね。

 

 

 帽子屋が、まさかあれほどかっこいいキャラクターになるとは思いませんでしたねぇ。

 

 

大人になってから失うもの

 

 私はどうして幼い頃のことを忘れていたのでしょう。あれほどまでに大好きだったというのに。

 

 

 子どもの頃の私が私を見つめていました。彼女は、どこか寂しげな表情をしていました。

 

 

 人は誰しも、年を重ねていろいろなことを知りながら大人になっていきます。そうしていく過程で、幼い頃からの好きなものというのは変わっていくでしょう。

 

 

 小学生の頃、私は男子にからかわれていました。小学生にもなって『不思議の国のアリス』みたいな本を読んでいる、と言われたのです。

 

 

 大人ぶりたい時期、子供向けの絵本を持っているのは恥ずかしいこととして扱われていたのです。

 

 

 私はそう言われるのが嫌で、その絵本を読むのはやめました。そして、次第に忘れていったのです。

 

 

 なんということをしてしまったのでしょう。私はあの頃の胸の張り裂けそうな想いを思い出して、苦しくなりました。

 

 

 あの本は、もう捨ててしまっているでしょう。決して捨ててはならなかったのに。

 

 

 私たちは大人になっていくにつれて、自分よりも体裁だとか世間体を気にするようになります。

 

 

 そうしていくうちに、他人の目から見る自分の姿が本当の自分だと思い込むのです。幼い頃の素直な自分の存在なんていなかったかのように。

 

 

 私は幼い私を見た。彼女はきょろきょろと視線を走らせて、目を輝かせると、部屋の片隅に開いたうさぎ穴に飛び込んでいきました。

 

 

 私の中の『アリス』は、まだあの夢を見続けているのでしょうか。私もたまには現実を忘れて、不思議の国に飛び込んでみるのも楽しいかもしれません。

 

 

大人になったアリスが再び不思議の国に迷い込む

 

 二頭立て四輪のブルーム馬車は、まるで何かに急かされるように失踪していた。座席のアリスは浮かない表情で窓の外を眺めていた。

 

 

 十九歳のレディともなれば、ふさいだ気持ちをそのまま表情に出したりはしない。しかし、アリスはヴィクトリア時代の常識からは少し外れているところがあった。

 

 

 馬車は速度を緩め、開け放たれた鉄製の門の中へ入っていった。長い長いアプローチを進んだ末に馬車が止まる。

 

 

 ジョージアン様式の城館。その巨大で豪奢なたたずまいは、何度見ても圧倒されるものだった。

 

 

 庭園には上流階級の紳士、淑女が集まっていた。こうしたパーティに出席するたびに思い知らされる場違い感がまたもや頭をもたげてくる。

 

 

 庭園では楽団の演奏が始まったところだった。ずらりと並んだ男女は、挨拶を交わし合ってからカドリール・ダンスを始めた。

 

 

 アリスの相手はヘイミッシュだ。一分の隙もなく正装し、優雅で完璧なステップを踏んでいる姿は、どこを取っても一流の貴族に見える。

 

 

 しかし、彼は父のようにアリスのありえない想像をおもしろがってくれはしない。アリスの心はすっかりダンスから離れていた。

 

 

「アリス、今からきっかり十分後に〈あずまや〉で会おう」

 

 

 ヘイミッシュとのカドリールから解放された後、いきなり目の前に二人の若い女性が現れた。チャタウェイ姉妹だ。

 

 

 彼女たちから聞き出したところによると、ヘイミッシュがアリスに求婚するつもりらしい。アリスは予想外のことに立ち尽くしてしまう。

 

 

 気持ちが大きく揺らいでいたところに、アスコット夫人に呼ばれて、薔薇園を一緒に歩く。そこでアリスが見たのはチョッキを着ているうさぎだった。

 

 

 アリスは白うさぎを追いかけるが、見失ってしまう。そこに現れたヘイミッシュに連れられて〈あずまや〉へと足を踏み入れた。

 

 

 いつの間にかそこに招待客たちがずらりと顔をそろえていた。全員の目がヘイミッシュと自分の方を向いている。

 

 

「アリス・キングスレー、僕の妻になってくれますか?」

 

 

 いよいよ土壇場に追い詰められたアリスは、何か言わなければと思いながらも、ふさわしい言葉が何一つ見つからないでいた。

 

 

 そのとき、アリスは視界の隅に白いものを認めた。それはチョッキを着たうさぎだった。白うさぎはぴょんと踵を返し、生垣の切れ目へと走りこんだ。

 

 

 アリスはいても立ってもいられなくなり、生垣の切れ目を走り抜けて、白うさぎを追いかけた。

 

 

 幹の途中から上の部分が存在しない古木。根元の土に大きな穴が開いているのが見えた。穴の縁に両手をついて中を覗き込んでみる。

 

 

 土がもろい。そう思った時にはもう手遅れで、アリスは崩れた土くれと共に真っ逆さまに穴に落ちていた。

 

 

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