幸せとは、何か?『また、同じ夢を見ていた』住野よる


 夢を見た。随分と懐かしい頃の夢。夢の中で私はお気に入りだった公園のベンチに座っていて、隣には、彼がいた。

 

 

「幸せって、何だろう」

 

 

 夢の中の私は、彼にそんなことを聞いていた。泣いているように、声が湿っている。彼は微笑を浮かべたままだった。

 

 

 彼の鏡のような目に映っている私は、子どもの頃の私じゃなかった。今の私。大人になった私。彼は今も、子どものままだというのに。大人になんて、なれないのに。私だけが。

 

 

「昔、約束したよね。幸せ、見つけようねって」

 

 

 彼はゆっくりと頷いた。私は彼に小指を差し出す。彼もまた、小指を差し出して、私たちは小指を絡ませる。遠い昔も、同じことをした。約束をする時の、私たちの儀式だった。

 

 

 ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った。その約束が果たされることがなかったことを、私は知っている。

 

 

「最近、本を読んだの。その本の中で、女の子が、幸せって何なのかを、考えているの」

 

 

 その少女はひとりぼっちだった。彼女は頭がよかったために、クラスメイトたちと考え方が合わず、孤立していた。

 

 

 けれど、彼女は寂しくはなかった。学校の外で、彼女にいろんな話をしてくれる友達がいたからだ。

 

 

 尻尾の短い彼女。知的で大人なアバズレさん。お菓子とかをくれるおばあちゃん。乱暴な口調だけど優しい南さん。

 

 

 少女は彼女たちに聞く。幸せとは、何か、と。その答えを聞いて、少女自身もまた、自分自身の幸せの答えを見つける。そんなお話。

 

 

 その物語は、遠い昔に彼と交わした約束を、私の表層にまで掬い上げた。ずっと昔の、いつの間にか見えないくらいに薄れていた、約束。

 

 

 彼がいなくなった時、私は泣いた。涙が枯れるくらい、泣いた。私自身の幸せに気付いたのは、その時だった。

 

 

 隣に彼がいる。彼とお話ができる。彼と笑い合うことができる。彼と指切りげんまんができる。彼と約束をした時、私はもう、幸せを見つけていた。

 

 

 失って初めて、そのことにようやく気が付いたんだ。それなのに、もう、彼にそれを教えてあげることすらも、できない。

 

 

 目を開けると、見慣れた天井が見えた。起き上がる時、私の目尻から一筋の涙が零れて頬を伝った。

 

 

 手に、一冊の本を握っていた。『また、同じ夢を見ていた』。そのタイトルを、私はぼんやりとした頭で、眺めていた。

 

 

幸せとは、人生とは

 

 先生、頭がおかしくなっちゃったので、今日の体育を休ませてください。

 

 

 小学生なりの小さな手をきちんと上げ、そう言ったら、放課後、職員室に来なさいと言われたことに、私、小柳奈ノ花は納得がいっていません。

 

 

「あのね、先生は私がふざけて言ったと思っているのかもしれないけれど、私には計算があって、もっと言えば勝算まであったのよ」

 

 

 私と視線を合わせたひとみ先生は、腕を組んだまま、「なんなの? その勝算っていうのは」と、優しい顔で言いました。

 

 

「昨日テレビを見ていたの。そこで偉そうな人が言っていたの、日本では頭がおかしい奴は嫌なことから逃げられるって」

 

 

 私は胸を張って自分の考えを披露したのだけれど、先生はとても困ったような顔をして、いつもより少し深い息を吐きました。

 

 

「小柳さん、自分でそういうことを考えて、きちんと言葉にできるのは、とってもいいことだと思う。だけれど、先生からアドバイスがあるんだけど、聞いてね」

 

 

「ええ、いいわ」

 

 

「まず一つ目、思いついたことをする前に考えて、待ってみること。二つ目、嫌なことから逃げるのがいいとは限らない。三つ目、正しいかどうか、あなたがちゃんと考えなくちゃいけない」

 

 

「じゃあ、ひとみ先生の言っていることも、正しいかどうかわからないってことよね」

 

 

「そうよ。だから、それもあなたが考えないといけないの。だけどね、これだけは信じて。先生はあなたに幸せになってほしいって心から思ってる」

 

 

 私は先生が言ったことをよく考えてみて、もちろん首を縦に振ることも横に振ることも検討したうえで、丁寧に頷くことにしました・

 

 

「ひとみ先生の言う、幸せっていうのはどういうこと?」

 

 

「そうねぇ、たくさんあるけど、そうだ、先に教えてあげる。明日からの国語の授業で、幸せって何かってことを考えるの」

 

 

 先生も皆もそれぞれに、自分にとっての幸せは何かを考えるの。だから、小柳さんも自分なりに幸せって何かを考えてみて。

 

 

「わかったわ。考えておく。それじゃあね、先生」

 

 

 職員室の入り口で、私は先生に手を振りました。

 

 

「明日からは皆と一緒に帰るのも楽しいから、やってみなさい」

 

 

「考えておくわ。でもね、先生、人生とは、素晴らしい映画みたいなものよ」

 

 

「うーん、あなたが主人公ってこと?」

 

 

「違うの」

 

 

 この手のことを私はよくひとみ先生に言うんだけれど、先生はいつもちゃんと考えてくれます。そして大体、的外れなのです。

 

 

「えー、降参。どういう意味?」

 

 

「お菓子があれば、ひとりでも十分楽しめるってことよ」

 

 

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