それはまるで哲学であった。二人の対話。問いかけと、答え。それを眺めているうちに、思索はより深くまで沈んでいく。
『何でもないものがあらゆるものである』。トニー・パーソンズ先生の著書。私が「自分」という存在に迷っている時、その本と出会った。
当時の私にとって、その本は難しくてよくわからなかった。日本語の翻訳は指示語ばかりで、もはや暗号のような難解な代物になっている。
しかし、それでも、私の心に訴えかけてくる、何かがそこにはあった。彼らの対話は、私の心すらも氷解してくれているかのようだった。
自分とは何か。自分の生きる意味とは何か。もしかすると、人間の人生には意味なんてなくて、ただ無味な虚無だけが広がっているのではないか。
私の心を覆っていたそんな疑問を、この本は晴らしてくれたのだ。タイトルそのものが、その答えだった。何でもないものが、あらゆるものである、と。
ノンデュアリティという考え方がある。日本語で言うと、非二元。この本は、どうやらその考え方について綴っているのだという。
二元論は、世の中が二つに分かれているという考え方のことだ。たとえば、善と悪、男と女、物体と精神、とか。
しかし、非二元。つまり、それらが分かれていなくて、世界全てがひとつのものであるというようなこと。善も悪も、男も女も、精神も物体も、等しく同じものなのだと。
読み始めた最初こそは、「なんだそれは」と半信半疑といったところだった。けれど、少しずつ。そういう考え方もあるのだと、受け入れられるようになっていった。
中でも私を惹きつけたのは、「自分なんて存在しない」ということ。それは果たして、どういうことか。
私の行動は、私自身がそれをしようと選択し、実行に移している。しかし、その本はそうではないと教えてくれる。
世界は全て決まっている。世の中がどう動き、誰がどう行動するのか。自分がその選択をしているわけじゃない。自分はそれを、眺めているだけだ。
悩みも、成功も、失敗も、それに伴った感情も、全ては既に決まっていることで、起こるべくして起こっていること。自分のせいじゃなく、誰かのせいでもない。そうなっているだけ。
その考え方は、あるいは「運命」とでも呼ぶのだろうか。ともあれ、当時の悩んでいた私の心に、その考えは深く染み入っていった。
ともすれば、自らに責任を持たない考え方なのかもしれない。世の中の全てに諦観を抱くような、破滅的な考え方なのかもしれない。
けれど、当時の私は世間が背負わせてくる「責任」という重荷に潰されかけていた。自ら生きることを諦めるほどに。
その本は、その感情も、私自身の失敗も、全ては私のせいじゃないと言ってくれたのだ。それはもう、決まっていたことなのだ、と。それがどれほど、私の心を救ったか。
私の行動に、意味なんてないんだ、と。そう言ってもらえることが、これほど心地いいのだとは思わなかった。
文字を追いかけていくうちに、私は、トニー氏と対話をしている人物に重なったような気がした。
彼が、微笑んでくれたような気がした。私の口元にもまた、薄い微笑が浮かんでいるのがわかる。
ノンデュアリティ
私たちは個人として居住する世界に住んでいるように見えます。そしてその個人は、選択、行動する能力をもっていて、それは結果をもたらします。
たしかにあなたはこれらの言葉を呼んでいる誰かであり、読むのをやめるか。それとも読み続けるかはあなたの選択です。
私たちの選択は喜びの達成と苦痛の会費を目指す方向に向けられているようです。これがほとんどの見かけの動機となっている原理です。
私たちの中には、希望と慰めを自分にもたらしてくれる、人生へのより深い意味と目的を求めている人たちもいます。
しばらくの間は効果的な場合もありますが、全ての人たちにとって奥深く永続的な充足感を提供するわけではありません。
私たちの生き方全体が根本的な信念体系にもとづき、現実についての想定から生まれるのを見ることができるわけですが、その想定そのものが疑わしいものです。
この可能性は、私たちの行動の礎となっている確固と確立された信念と価値を完全にひっくり返し、私たちは選択をもっているという観念を、根本から壊してしまうことでしょう。
個人性の形成は必然的プロセスなので、それ以上その起源を探求する必要はないという議論もありうることでしょう。
私たちの原因と目的は単に夢でしょうか? もしそうなら、その夢から目覚めることは禍になりうるように思えます。
もし私たちの人生が失われれば、そのときあらゆることが失われ、ただ空っぽさだけがあります。
でももしかしたら、真空のように、空っぽさが突然、完全に充足になり、何でもないものがシンプルにあらゆるものである、のではないでしょうか?
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