役に立たない研究や学問は必要なのか?『「役に立たない」研究の未来』初田哲男・大隅良典・隠岐さや香


往来に立ち尽くし、俺は途方に暮れていた。もはや万事休すと言ってもいい。打つ手はひとつとしてなかった。俺の研究者としての道は、今まさに、閉ざされたのだ。

 

「あなたの研究は、いったい何の役に立つのでしょうか」

 

そう言われて、俺は言葉に詰まった。それこそが決定打だったのだろう。融資は閉ざされ、研究のために必要な費用はなくなった。

 

そもそも、「役に立つ」とは何なのか。内心の苛立ちが、疑問となってふつふつと表出してくる。利益につながらないことは全て無駄だとでも言うのか。

 

過去の研究者たちはみな、自らの好奇心を原動力にして研究を続けてきた。彼らの研究は今や世界の中での常識となるほどの成果を持っている。

 

だが、その研究がそんな結果につながることを、誰が予測したというのか。日本では、提出された研究予測以外は、その過程で何が生まれたとしても全て失敗だとされる。その不確定さこそが研究の面白さだというのに。

 

いつから日本はそれほどに頑なな予測と結果を求めるようになったのか。リスクを恐れ、コストを嫌悪し、費用対効果を見ることしかしなくなったのか。その不寛容さこそが、日本の研究者が海外に後れを取っている元凶だ。

 

そもそも、研究とは、一寸先すら見えない暗中で光を懸命に探し続けることで、ようやく見つけ出した光明を掴み取り、自分の問いに答えを得る、そんなものだったはずなのだ。

 

それがどうだ。今や人々は未知への挑戦を忘れ、何もかも既知へと落とし込まないと満足しなくなっている。そんな世の中が面白いはずがないだろう。

 

役に立たないものにも価値はある。いや、それどころか、役に立たない研究から役に立つものが生まれてくることだってある。最初から「役に立つ」ばかりを求めていたら、そのチャンスをことごとく潰してしまう。

 

いったい、どうすればよいのか。自分の進退を考えなければならなかった。自費で研究を進めることもいい。好奇心は未だ燃え盛っていた。だが、働きながらでは時間が足りない。研究の結果を出すのは、時間と試行回数なのだ。

 

その答えを、俺は本の中で見つけた。そのタイトルは、『「役に立たない」研究の未来』というもの。三人の研究者たちのディスカッションをまとめた一冊である。

 

その中では、「役に立たない」研究、すなわち基礎研究は必要か否か、そして、将来的にどうしていくのがよいのか、ということを話し合っている。

 

その内容に、思わず感動を覚えた。「役に立たない」と一蹴された俺の研究を、初めて肯定されたような気がしたのだ。

 

今の社会は、なんでもかんでも「すぐに結果が出るもの」や「わかりやすいもの」を求めている。そして、「意味がないもの」「いずれ結果が少しずつ現れるもの」「難解なもの」を無価値とする土壌ができている。

 

だが、そもそも短期的なものばかりを追いかけていては、相応の結果しか出ない。長期的なものの見方というものが必要なのだ。

 

思えば、この問題は根深い。科学や化学の研究だけではない。文学や芸術、さまざまなものに関係してくるだろう。

 

かつて、日本は「意味のないもの」「役に立たないもの」をも受け止めてくれる余裕があった。寛容さがあった。それが、今の社会にはなくなってしまっている。どれだけ豊かになっても、心はただ、静かに死んでいくだけだ。

 

 

開かれた研究

 

みなさんには「推し研究者」はいますか?

 

そんなのいないよ。そんなふうに思われたかもしれませんね。実際、すぐに答えられる人はなかなかいないように思います。というのも、私たちが日常生活を送るうえで、研究者のことを知る機会や接する機会はほとんどないからです。

 

それでは、なぜ研究者と接する機会が少ないのでしょうか? その理由は、ズバリ「お金」。つまり、研究費を国や企業が分配しているためではないかと私は考えています。

 

日本の研究者は、こうして支給されるお金を元手に研究をおこなっているため、研究費の利用用途や研究成果を国や企業に報告することになります。

 

その結果、お金と情報が特定の関係者の間でだけ循環しやすい環境ができあがります。このように、私たち市民と研究者との間に壁ができてしまっているのが、学術業界の現状なのです。

 

私はこの閉ざされた状況が、研究者にとってはもちろん、市民にとっても大きな機会損失になっているのではないかと感じています。

 

研究者たちの熱量を世の中によりよい形で放出することができれば、研究者と市民、研究者と企業、そして研究者と研究者との間に新しい関係性が生まれ、その先にはきっと、まだ誰も気づいていなかったような価値が生み出されるはずです。

 

経済的価値の見込める研究への投資は重要ですが、「役に立つ」研究を支えているのは、研究者の自由な発想から生まれた無数の「役に立たない」研究、すなわち「基礎研究」であることも同時に考えていかなくてはなりません。

 

研究者にとって、そして究極的には私たち市民にとって、有限の財源をどう配分するのがベストなのでしょうか。これまでのように研究者と国だけではなく、さまざまな関係性を構築しながら学術研究を支えていく仕組みを、模索していく必要があるのではないでしょうか。

 

 

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