歌舞伎を通して見る女の姿『女を観る歌舞伎』酒井順子


女を観る歌舞伎。しかし、歌舞伎の舞台上に女はなし。何せ、歌舞伎っちゅうのは女人禁制だと決められとる。ならば、そこに女を観るとはどういうことか。

 

そもそも、男女平等が謳われとる今の時代に女人禁制なんて旧時代の悪習ではないかと思う輩もいよう。女性差別だなんだのと、騒がれるのが時代の流れやないんか。

 

実際あった。差別だなんだのと、相撲なんかと並んで叩かれおったわ。さて、実は今において、歌舞伎が女人禁制なんて決まり事、本来はない。

 

考えてもみろっちゅう話や。歌舞伎はそもそも、出雲の阿国っちゅう女がその起源やって言われとるやないか。それで女が禁止などとなるわけがない。歌舞伎はもともと女のものやったんやからな。

 

実際、女歌舞伎ちゅうのも実演されたことがあるらしいんや。でもな、中止になった。ウン、なんでかって。ン、マア、そりゃあ、ナア、ほら、な。

 

男どもが女ばかりの舞台を見るとどうなるかってェとな、マア、芝居どころではなくなるっちゅう話や。やから禁止になった。なら、やはり歌舞伎は男に限ると、そうなったわけやな。

 

しかし、男が書いて、男が演じている歌舞伎の世界に、果たして女なんて見ることができるんか。そんなことを、俺も最初は思っておった。

 

だけどな、ホラ、よく言うやん、「歌舞伎の女形は女よりも女らしい」ってな。宝塚の男役がやたらカッコイイのと同じや。あんな男、絶対おらんやろ。

 

それもまあ、当然やわな。「女らしさ」「男らしさ」なんて、そうでない方が一番よくわかってるに決まっているんやから。

 

もちろん、そこにゃあ「らしさ」の押し付けがあるし、そもそも時代がまったく違う。当時の女らしさなんて、今よりもよほど杓子定規だったろうよ。

 

とはいえ、歌舞伎の面白さはな、そんな常識をものの見事にぶち壊すところにあると思うねん。舞台の上は俗世にあらず。まさにやりたい放題ちゅうわけやからな。

 

なんとまあ、強い女のいることよ。当時から女っちゅうのはだらしのない男の影で八面六臂活躍してたんやろなあってのがよくわかる。

 

あんさんに提案やけどな、ここはひとつ、歌舞伎を見る時に、女形をよくよく見ながら観てみるというのは、どうやろ? たぶん面白い思うで。

 

男から見た当時の女はどういうものか。あまりに男に都合よすぎやろなんて笑えてくるのもおるし、ぞっとするようなのもおる。そんなやつほんまにおるんか、みたいなのまでな。

 

慎ましやかが良いなんて言われていた時代やけどな、イヤァ、歌舞伎の女はパワフルやでェ。好いた男の為ならどんなところまで追ってくる。命すらも当たり前のように捨てて奉仕する。

 

いっそ男よりもよほど男らしい女どもや。そんなのが歌舞伎の世界にゃウジャウジャおる。どうや、現代と何ら変わってないと思わんか?

 

舞台の上は別世界。歌舞伎は江戸時代から演じられておった。仕事も雑事も何もかも、舞台と客席には何もありはしないんや。

 

そういえば、市川ンとこの娘っこが舞台に上がったことがあったなァ。歌舞伎もどんどん、時代に合わせて変わっていく。変わらないために、変わってるんや。

 

歌舞伎ひとつ見てみィ。そしてそこにいる、女形を観るんや。楽しみ方は任せるけど、あらかじめ言うとくで、惚れるんやないぞ。いくらキレイやからってな。

 

 

歌舞伎の女

 

男よりも女の方が、どうしても好きな私。性愛の部分では異性愛者なのですが、性愛以外の部分では、女にしか興味を持つことができません。

 

そこには、「自分も女だから」という理由もあるかと思います。女という生き物は外見も内面も、華やかで、ドロドロしていて、強いのであり、そのこってり感を味わってしまうと、男性のあっさり感が物足りなく思えるのかも。

 

歌舞伎を見ている時も、私は女形にばかり、目がいくのでした。歌舞伎で女の役を演じるのは男性であるものの、男性が「本物の女以上に」という気を込めて演じる女の役は、「女らしさ」を人工的に凝縮させたような存在。

 

女好きの私としては、濃厚なトリュフチョコレートをかじるかのように、舞台上の女形を味わうのです。

 

私が歌舞伎を見るようになったのは、大人になってからです。友達に誘われて何回か見るうちに、「あら、面白い」と思うようになったのです。

 

私を「面白い」と思わせたのは、やはり女形の姿でした。通でも見巧者でもない私は、美しい着物を着た女形が、泣いたり苦しんだりする姿に、目を奪われたのです。

 

男性戯作者が江戸時代に書いた、古典歌舞伎。そこで描かれる女性像というのは、その時代に女性がどんな存在であったか、そしてどんな存在であるべきであったかを示します。

 

さらに歌舞伎に登場する女たちからは、その時代の男性が、女性のどこを怖れていたのかも、透けて見えるような気がするのです。そんな女性たちの精神性は、今に通じるものもあるのでした。

 

歌舞伎の中に生きる女性たちと、今を生きる私たちは、どこでつながっているのか。そして、どこでつながらなくなったのか。

 

江戸時代へとタイムスリップしつつ、歌舞伎に描かれた「ある種の女たち」の探訪に、しばらくお付き合いいただければと思います。

 

 

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