ウイルスがヒトを進化させた『破壊する創造者』フランク・ライアン


今まさに、巷ではコロナウイルスが猛威を振るっている。その存在を私たちが知り、そして脅威を目の当たりにしてから二年。私たちの社会は大きく変貌を遂げてしまった。

 

今まで、人類は幾度となく感染症によってその命を脅かされてきた。エイズ。ペスト。インフルエンザ。天然痘。ノロウイルス。挙げていけばきりはない。時にそれは今回のコロナウイルスのように、社会に大きな影響を与えた。

 

しかし、彼らに意思はないのである。彼らはただ、自分の本能に従っているだけだ。善悪という、人間だけが持つ価値観など、彼らには何の意味もない。

 

そんな時代だからだろうか、その本を見かけた時、思わず手に取ってしまったのは。普段はこういった本を読まないのだが、ワクチンを打つ打たないの論争に疲れ果てたのもその一因だっただろう。

 

フランク・ライアンの『破壊する創造者』という本である。いわゆる進化論についての論であり、理科系が苦手な私にはどうにも難しい。けれど、その中でも興味が惹かれたところがある。

 

ウイルスは過去に多くの人の命を奪い、そして今現在も、私たちの生活を脅かしている。そんなウイルスのことを憎んでいる人も多かろう。

 

しかしその本は、そもそも現在の「人間」の姿があるのは、ウイルスのおかげだというのだ。すなわち、副題にある通り、ウイルスが人をここまで進化させたのだ、と。

 

ウイルスは生き物だ。私たちよりも遥かに小さい身体ながら、生きている。私たちはそんな小さい存在であるはずの彼らによって命までも揺るがされるのだが。

 

ウイルスは特異な性質を持っている。まず他者ありきでないと生きられない。他者の身体に入り込み、その身体の一部となって生かされる。しかし、彼らはやがて、自分を育ててくれたその場所を、自ら破壊し始めるのだ。

 

この本の視点として大切なのは、「ウイルスが身体の一部となる」ことである。人間の遺伝子を組み替え、自分好みの形に変える。この変化こそが、人の進化を促してきたのだ。

 

そんな馬鹿な、とは言えない。私は生物学や進化学には門外漢だが、理屈は少しばかりであればわかる。ウイルスの行動は人間よりも無機質で、そこには一切の感情も葛藤もない。

 

理科の教科書に載っていた、バクテリオファージのイラストを思い出す。最初に見た時は火星探知のためのアンテナか何かだと思った。

 

整えられた石のような頭に、細い首が伸びて、いくつかの脚に枝分かれている。この如何にも無機質な、まるで機械のような代物が、私たちよりも遥かに小さく、身体の中にいくつも蠢いている存在なのだということを、私はすぐに信じることはできなかった。

 

ウイルスはその瞬間に、どこかから現れたというわけではない。どんなウイルスも、ずっと以前から地球上に存在していた。それらが進化していくうちに、人間の身体に牙を向けるようになっただけなのだ。

 

彼らは「悪」ではない。いやむしろ、『破壊する創造者』として書かれている通り、私たちの肉体を害し、命すら奪うその性質は、遠い目で見た時、私たちに益するものとも言えるかもしれない。

 

進化とは、生存競争に生き残るべく環境に適応していく能力のことだ。命が脅かされた時、生き物は絶滅しないように身体を適応させてきた。全ての生物は、地球の誕生以来、ずっと繰り返してきたのだ。

 

そのサイクルから外れて、自然を支配しようとしている人間の前に、ウイルスは幾度も脅威として立ちはだかってきた。感染症の流行は、繰り返す歴史の中での、必然なのかもしれないと思う。

 

無理やり抑え込むのではなく、ウイルスと共存していく。ワクチンや特効薬の開発を待つのではなく、私たち自身の考え方をコロナ禍に合わせて変えていくこと。それもまた、ひとつの道なのではないだろうか。

 

 

ウイルスと人間

 

ジェイコブ・ブロノフスキーは、「人間は非常に特異な生物である」と書いている。確かに人間は際立った特徴を持った生物である。しかし、果たして本当に人間はそれほど変わった生物だろうか。知性があるというだけのことで他の生物と切り離して考えてよいものだろうか。

 

二〇〇一年二月一二日、ヒトゲノムの一通りの解読が終わった。残念ながら、他の生物にはない人間だけの特徴、というのはさほど多くなかった。

 

ヒトゲノムの解読によってわかったのは、私たち人間の遺伝子は、多くの部分が地球上の他の無数の生物と共通しているということである。ダーウィンがこれを知ったらきっと喜んだだろうと思う。

 

この世界は大きな謎がいくつもある。しかし、人間という生物、自分の住む世界に自ら手を加えるような能力を持った生物がどうして現れるに至ったのか、そんなことを説明しようとする学問は、進化生物学をおいて他にはない。

 

この本で私が提示したいのは、従来のものとは大きく違う「新しい進化論」である。突然変異と自然選択だけではない、そこに別の要素を加えた進化論だ。

 

遺伝子、そしてゲノムは他の理由でも変化し得る。自然選択だけではもちろん、進化は起きない。何らかの形で遺伝子に変化が起きる必要がある。そして、私が言いたいのは、変化の形はひとつではない、ということだ。

 

この本で、私は読者を旅に招待したいと思う。それは少々、変わった旅だ。「ヒトゲノムは、いったい、どんな力によって今のように進化したのか」を探る旅である。

 

 

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