「もういい加減にして!」「それはこっちのセリフだ!」
夫が自分の部屋の扉を勢いよく閉める。彼は喧嘩をすると、いつも、自分の部屋に閉じこもってしまう。
残された私は、はあとため息を吐いた。またやってしまった。こんなにも怒鳴る気はないのに、どうして怒ってしまうんだろう。
夫とは学生の頃に知り合った。彼からの告白で付き合うようになり、大学を卒業してから結婚して、今の今まで関係は続いている。
けれど、彼と私は「いつも仲が良い夫婦」かと聞かれれば、そうではなかった。よくケンカするし、別れ話に発展することすらあった。
結局、いつも別れ話はなし崩しに立ち消えるのだけれど、ここ最近は特に喧嘩の回数も程度もひどくなっている。
どうにかしなければ、と思っていた。私だって喧嘩なんてしたくないのだ。それでも、小言が思わず口をついて出てしまう。
どうして彼はそんなことをするのだろう。どうして何もしないのかな。私だったら、絶対にこうするのに。
彼の行動から感じるそんな疑問は、いつも小言となって口から出てきた。昔から一緒にいるはずなのに、理解できなかった。
学生の頃から、彼のことが大好きだった。私と彼は結婚しても、互いにいい夫婦でいられると信じていた。
それなのに、現実は。目尻に思わず涙が浮かぶ。もう、私と彼はおしまいなのかもしれない。
沈み込んでいく気持ちをどうにかしようと、私は少し散歩に行くことにした。近所の図書館に向かう。
立ち並ぶ背表紙を見ていて、ふと目に飛び込んできたのは、ジョン・グレイ先生の『ベスト・パートナーになるために』だった。
その本を読んだ時、私は全てのことを思い出した。自分はこの地球に来る前、金星に住んでいたんだ、と。
自分の腕を見下ろす。日に焼けていない、白い肌だ。私が意識すると、その腕は灰色に変わった。うん、やっぱり。これこそが、本来の私の姿なんだ。
金星で暮らしていた私は、突然来訪してきた異星人たちとともに、この地球に移り住んだのだ。
火星からやってきた異星人たち、そう、彼だ。私たちは恋に落ち、夫婦になって、この地球に移住した。
けれど、私たちはあまりにも姿が違っていた。私は灰色の肌を持ち、広い額の金星人。彼は無数の触手を持つ、タコのような火星人。
地球に住むにあたって、私たちは仮の姿をとることにした。それが、今の姿だ。
そうして長い月日を過ごしていくうちに、私たちは互いに自分の星のことを忘れるようになった。私たちはその時、「地球人」になったのだ。
地球に移り住む前は、火星人としての彼を愛していた。自分と違うことを意識して、彼らの文化に合わせようとした。
そして、彼らもまた、私たち金星人の文化に合わせてくれていた。それがいつしか、私たちは互いが違う文化を持っていて、その違いを尊重することを忘れてしまったのだ。
そうだ、まだおしまいじゃない。私と彼は、まだ戻れる。あの頃に。あの、互いに尊重して愛し合っていた、あの頃に。
私たちは同じ人間じゃない。金星人と、火星人だ。私が過去を思い出したのだから、もう大丈夫。
私たちは、まだ、後戻りできる。ベストパートナーになれるのだ。
まずは、私が変わろう。火星人である彼のことを、大切にしよう。きっと、私たちはそこから始めないといけない。
男は火星人で、女は金星人だった。
そもそも、男は火星人で、女は金星人だった。そう想像してみよう。
遠い昔のある日、火星人たちは望遠鏡をのぞいているうちに金星人を発見した。彼らは初めて見る”異星人”の魅力にひと目でとりつかれ、ただちに宇宙船を発明して金星へと飛んだ。
金星人たちは、両手を広げて彼らを大歓迎してくれた。かつてないほど激しく胸がときめき、そして恋が生まれた。
やがて、彼らは地球に移住することを決めた。この新しい天体での生活も、はじめの頃は快適で素晴らしいものだった。
ところが、地球の環境と雰囲気の中にとけ込んでいくうちに、次第に大切なことを忘れがちになっていった。
そして、ついにある朝、彼らは目覚めると同時に完璧な”記憶喪失”に陥ってしまったのである。
火星人も金星人も、お互いがそれぞれ異なった天体からやってきたゆえに双方の間に根本的な違いがあることをすっかり忘れてしまったのだ。
その日から、男と女の闘いが始まり、今日に至っているのである。
お互いが根本的にまったく異なった”人種”であることを心得ておかないと、男と女はうまくやっていけない。ぎくしゃくとした関係ができあがってしまう。
だが、男女がそれぞれお互いの違いを越えて、尊重し合えるようになれば、二人の間のトラブルはたちまち減っていくはずである。
本書のページをめくるうちに、あなたは素敵な恋愛を楽しみ、理想的な結婚生活を築き上げ、いつまでも色褪せない関係を約束する新しい秘密を発見することができるはずである。
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