「そんなことでは、一流の人間にはなれないぞ」
上司から言われたその一言が、今も私の胸の中で響き続けている。それは仕事を辞めた今も、呪いのように私を蝕んでいるような気がするのだ。
そもそも、一流とは何だろうか。それこそが、言われたその瞬間から私の中に燻ぶり続けている疑問である。
その道に精通している人。その道で、誰からも認められるほどの高みに到達した人。
制作に携わる職人ならば、わからない話でもない。たとえば、日本の伝統文化を受け継ぐ職人たちは、いわゆる「一流」と呼ばれていても差し支えがないだろう。
しかし、ビジネスパーソンにおける「一流」とは、いったい何なのだろうか。どうすれば、その域にまで達することができるのか。
ほら見て、あの人が一流のビジネスパーソンだよ! そんなことを言われている人を、私は今まで一度たりとも見たことがない。そもそも、その上司は「一流」とやらを本当に知っていたのか。
その疑問がふと、思い浮かんできたのは、仕事を辞めてから随分と経ってからのことだった。
余裕が出てきたということだろう。あの頃は仕事に向き合うことに必死だった。体力的にも精神的にも疲弊しきっていて、上司の言葉は絶対の命令だとして聞いていた。
一流とは何か。どうすれば、一流になれるのか。その疑問を解き明かすため、私は一冊の本を読んでみることにした。
山崎武也先生の『一流の条件』である。昔から世話になっている知り合いから譲り受けた。
「人として『一流』になることの条件は、人間社会全体の立場に立ち、『豊かな常識』と『鋭い洞察力』をもっていることである」
その本には、そう書いてあった。そして、簡単なように思えるが、容易なことではないと、書き添えられている。
周囲に惑わされることなく、自分自身のスタイルをしっかりと持ち続け、社会の中での自分の立ち位置を見極めること。
その本を読んで、なるほど、と思った。つまり、上司の言葉にいちいち戸惑わされていたようでは、「一流」になんてなれないのだということだ。
「一流」は、その界隈で突き抜けている人。しかし、他の人の顔色ばかりを見て、従っているようでは、誰かの背中を追いかけていくだけで、決してその先に行くことはできない。
人と同じことをしているようでは、いわゆる「凡百」のひとりにしかなれない。「一流」になるためには、人と違うことをして認められるまでにならねばならないのだろう。
難しいよな、と思う。人と同じ行動をするのは容易い。みんなが赤信号を渡るのなら、自分も渡ればいい。周りの顔色を伺って指示だけを聞いていれば、誰にでもできる。
しかし、それでは「二流」や「三流」の壁を越えることなどできない。すでに前を歩いている人がいるからだ。
人と違うことをする。それは、今の世の中ではひどく勇気がいることだ。非難の視線を向けられることもあるだろう。
だが、「一流」の人は、誰よりも早く、誰よりも前に立って歩き続ける人のことを指すのだ。
誰よりも前を歩く。その後ろに多くの人がついてくるようになった時、それこそが、「一流」になったという瞬間なのだろう。
誰もがこの人の後をついていけばいいのだと確信するような、大きな背中。その堂々とした自信に満ちた背中を、私もいずれ、背負うことができるようになるだろうか。
「一流」とは何か
近年、世の中は非常に便利になってきた。モノの質も、かなりよくなったようであるが、ヒトの質はどうだろうか。
周囲を見ると、行動様式といい、考え方といい、どこか狂っているとしか思えないことが多い。常識から考えると理解できないことばかりである。その真っ只中にいると、世の中の進むべき道を見失ってしまいがちになる。
集団の内部ではエゴの突っ張り合いをし、外部にいる人たちのことを考える余裕もない状態になる。
皆それに慣れてしまい、非難はするものの、やめさせようとする努力はしない。そのうちに、非難していた人たちの一味になってしまう。
「筋を通す」ことの重要性を、もう一度よく考えてみる必要がある。世の中はめざましく変化しているので、その中にあって、ひとつの信念を貫き通すのは、至難の業であるかもしれない。
しかし、努力の仕方によっては、自分なりの信念を貫き通せるのではないか。ひとつのことを長い間続けていくためには、カタチが必要である。
ただ単に他の人とは異なったスタイルを築き上げるだけでは、あまり意味がない。誰もが納得するカタチをつくって、それを続けていくのだ。
人として「一流」であることの条件は何であろうか。それは、常に人間社会全体の立場に立ち、「豊かな常識」と「鋭い洞察力」をもっていることである。
私自身への問いかけとして、また読者諸兄とこの問題を考えてみるために、本書を著した次第である。
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