世界を変えたい。そう思ったことはないか。悪魔のような甘い囁き声が、私の心を揺らす。私は黙ったまま、口を閉ざしていた。
歴史の中で、世界は幾度も変革してきた。それは、歴史上に存在してきた『反逆者』たちの手によって、行われてきたものだ。
ガリレオ・ガリレイは当時は異端とされた「地動説」を訴えた。彼の学説は時を経て、世界の常識を塗り替えた。
グラハム・ベルは電話を発明し、人々のコミュニケーションの距離を世界中にまで広げることに成功した。
トーマス・エジソンは気の遠くなるような失敗を繰り返した末に、白熱電球を発明し、世界に目映い灯りをともした。
彼らは世に蔓延っている「常識」という体制を打ち崩し、偉大なる発明によって世界を変えた。
本棚の隙間を歩いていた私は、ふと思い立って、一冊の本を手に取った。その表紙には、テレビで見たことがある顔が大きく載っている。
その男もまた、ひとりの革命家だった。その革命を世界が知ることとなったのは、とあるひとつのコマーシャルによるものだ。
暗澹とした世界を、追手に追われながら走る女性。その手にはハンマーが握られている。
大勢の表情のない男たちがスクリーンを見つめていた。そこには、ひとりの男が映し出されている。
女性は彼らの間を走り抜け、スクリーンに向かってハンマーを投げつけた。爆発は、新たな時代の幕開けの狼煙だった。
その異質なコマーシャルは当時の人々に衝撃を与えたのだという。オーウェルの『1984年』をイメージしたそれは、コンピュータによる革命を鮮烈に表したのだ。
『アップル』の創始者であるスティーブ・ジョブズ。それが、その革命家の名前であり、私の手に取った本の主人公だ。
彼は6つの世界で革命を起こし、当時は圧倒的な力を持っていた企業を押しのけて硬直した体制を打ち破った「反逆者」となった。
彼の偉業は挙げていけばきりがないだろう。コンピュータを大衆向けにし、今までにないアニメーションを世に送り、『iPhone』を生み出した。
しかし、彼は華やかな「表の顔」の裏に、冷酷無比で自分勝手な顔を隠している。
悪魔的な人心掌握術、人の心を慮らない傲岸不遜な振る舞い、それはまさしく「反逆者」にして「支配者」だ。
読んでいて興味深かったのは、彼は現実を歪曲できたという逸話である。ファンタジーのような世界にも思えるが、多くの人がその存在を認めているという。
彼らはそれを「現実歪曲フィールド」と呼んだ。ジョブズは洗脳とも見まがうような支配的な魅力によって、現実を自分の都合のいいものに歪曲させる。
それは、ある種の革命の気風だろう。かつてイギリスからの独立を求めたアメリカのような熱狂。それが彼の周りにもあったのだ。
世界を変える。それはいつだってひとりの人間が「常識」に抗うことから始まったのだ。
世界を、変えたくはないか。頭の中に声が響く。アイデアはある。あまりにも常識はずれな、荒唐無稽にしか思えないアイデアだ。しかし、勇気が出なかった。
私にも、できるのだろうか。不屈の精神で「常識」というビッグ・ブラザーに歯向かった彼のように。
武器は持っている。あとは勇気だけだ。私に、その勇気はあるか。考えていても何も始まらない。動かなければ、抗わなければ、現実に支配されたままなのだ。
私は決意をした。手に持ったハンマーを握り締める。新たな革命を起こすために。
世界を変えた鬼才の生涯
2004年の初夏、私のところにスティーブ・ジョブズから電話があった。転職先について少々話をした後、コロラド州まで来てサマーキャンパスで話をしてくれないかと頼んでみた。
彼の答えは、喜んで行くけど話はしない。ただ、散歩をしながら私とゆっくり話がしたい、だった。散歩をしながら彼に頼まれたのは、「ぼくの伝記を書いてくれ」だった。
ジョブズはキャリアの途中で、まだまだ上りも下りもあるはずだと思っていた私は、彼の依頼を断った。今じゃない、君が引退する頃に書くよ、と。
伝記を書いてほしいという提案を退けた後、時々連絡をもらうようになった。アップル初期の歴史についてやりとりが始まり、伝奇を書こうと思う日が来た時のためにと資料集めを始めることにした。
とても熱心なのが私には不思議だった。プライバシーをかたく守ることで有名な人物だ。だから、そのうちにと言い続けた。
彼の妻から「本を書くつもりがあるなら今やるべき」と言われた時、ジョブズは二回目の病気療養休暇を取ったところだった。
まさか病気だとは思わなかったと弁明すると、知っている人はほとんどいなかった、病気のことは今も秘密になっている、と教えられた。
こうして私は本書を書き始めた。ジョブズは最初から、本書に口は挟まない、それどころか、あらかじめ見せてもらう必要もないと宣言して私を驚かせた。
ジョブズの妻からは、ジョブズの強さだけでなく、弱さも正面から取り上げてほしいと言われた。
本書に描かれているのは、完璧を求める情熱とその猛烈な実行力とで、6つの業界に革命を起こしたクリエイティブな起業家の、ジェットコースターのような人生、そして熱い個性である。
実は、本書はイノベーションの書としても読んでもらえるのではないかと期待している。
ジョブズは上司としても人間としてもモデルになるような人物ではない。わかりやすく皆が真似したいと思うような人物でもない。しかし、彼の個性と情熱と製品はひとつに絡み合っている。
だからこそ、彼の物語には示唆に富む部分と注意しなければならない部分があり、イノベーション、キャラクター、リーダーシップ、価値についての教訓が溢れているのだ。
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