探偵から送られる読者への挑戦状『根津愛(代理)探偵事務所』愛川晶


 お前に、この謎は解けるか? その文字からは、美貌の少女の挑戦的な声が聞こえたような気がした。

 

 

 私は物語を愛している。ことに、ミステリにおいては、古今東西あらゆるものを好んで読んでいた。

 

 

 しかし、コーヒーを片手に、肘掛椅子に座って優雅に読書を楽しむ、という姿勢からは程遠い。私がミステリを読む時は、周りに人があるならば恐怖の視線で見られることすらある。

 

 

 本を両手に持ち、齧りつかんばかりに顔を近づけ、一文字も逃さぬようにギラギラとした目で文字を追いかける私の姿からは、奇妙な気迫を感じると多くの人から指摘を受けた。

 

 

 とはいえ、どうしようもない。むしろ、私はどうして他の人がそんなに気楽にミステリを楽しめるのか、甚だ疑問であった。

 

 

 ミステリは言うなれば、作家から読者への挑戦状である。この謎、解けるものなら解いてみろ。そう言っているのだ。

 

 

 愛川晶先生の『根津愛(代理)探偵事務所』などは、まさにその類いであろう。むしろ、作中では探偵の根津愛が直々に読者に挑戦状を叩きつけているのだ。

 

 

 元来、私は負けず嫌いである。挑戦されれば、受けないという選択肢はない。そして、受けたからには勝ちたいのだ。

 

 

 一字一句逃さず目を向け、何度も何度も繰り返し、読んだ。こんなにまで熱中したのは初めてのことだ。傲慢ともとれる挑戦状への反発も作用していたのかもしれない。

 

 

 しかし、結論として、私は敗北した。完敗であった。これでもそれなりにミステリは読んできているのだが、それでも解くことはできなかったのだ。

 

 

 『根津愛(代理)探偵事務所』には、いくつかの短編が収録されている。しかし、そのどれも一見すれば、奇怪で、謎めいた事件ばかりだ。

 

 

 私は結局、そのどの謎も解くことは敵わなかった。ヒントを捉えるところまでは辿り着いても、真相までは到達しえなかったのだ。

 

 

 中でも一番最初の話、探偵役の根津愛ではなく、彼女の父が解決した「カレーライス事件」の真相には驚かされた。

 

 

 倒れた女。彼女の友人と、彼女の恋人。三人の間にある愛憎入り交じる因縁。そして、揺れ動く金の魔力。

 

 

 その事件の鍵を握るのは、事件現場に残されたカレーライスだ。それがいっそう、事件の解決を混迷へと誘っている。

 

 

 しかし、探偵は、そのカレーを一口食べただけで事件の真相に辿り着き、犯人を明らかにしたのだ。

 

 

 私は皆目見当がつかなかった。読み進めて種明かしとしての真実を読み終わった後でも、信じられないくらいだ。

 

 

 私は敗北した。完敗したといってもいい。だが、私の胸中には悔しさとともに、一種の清々しさがあった。

 

 

 意外性のある解き明かせない謎を読むことは、ミステリ好きとしての愉しみのひとつである。

 

 

 事件の真相が自分の予想を超えていればいるほど、楽しくて仕方がない。『根津愛(代理)探偵事務所』は、その楽しみに応えてくれた。

 

 

 私の勝ちね。美少女探偵はにやりと笑って、本を開いた私に勝利宣言をする。私はそれを受け入れるしかなかった。だが、ただでは終わらない。

 

 

「次は負けない」

 

 

 私は小さく呟いた。ゲームは終わっていない。少女はいつでもかかってこいと言わんばかりに不敵に笑った。

 

 

 ミステリの本の中では、作者と探偵が待ち受けている。彼らは言うのだ。この謎が、お前に解けるか、と。

 

 

 挑戦状は尽きない。この世のミステリの数だけ、なぞかけがある。ゲームはいつまでも続く。それこそが、ミステリの魅力だろう。

 

 

美少女代理探偵

 

 みなさん、こんにちは。根津愛です。現在肩書きが二つあって、ひとつは女子高生。そしてもうひとつはホームページの管理人です。

 

 

 サイトの名前は、『根津愛探偵事務所』。ついでの時に、ちょっとだけ覗いてみてください。私の自己紹介をはじめ、毎日の献立や日記、それから自作のネコまんがもアップしています。

 

 

 私は宮城県の仙台市に住んでいますが、父が刑事をしていた関係で、幼い時からいろいろな事件に関わってきました。

 

 

 うちの父は事情があって六年前に警察を辞めてしまい、その後は、私自身がいくつかの凶悪事件を解決してきました。

 

 

 捜査をする時の私の相棒が、キリンさん……あっ、本名は桐野義太刑事といいます。年の離れたお兄さんみたいな存在、と言ったらいいかな。本人は落ちこんじゃうかもしれないけど。

 

 

 キリンさんは以前から、事件捜査で行き詰まる度にうちへ来て、父の意見を聞いていました。でも近頃は、キリンさんが来るとき、お父さんは留守。私が出ていく羽目になってしまうのです。

 

 

 宮城県警の内部には、私のことを『美少女代理探偵』なんて呼ぶ人までいるそうなんです。

 

 

 さて、それではまず最初に、『カレーライスは知っていた』をお読みください。これは、お父さんが探偵役として解決した事件なので、私はチョイ役で登場するだけです。

 

 

 蛇足ですけど、もう一言だけ。この本では、作品の冒頭、あるいは途中に、読者のみなさんへの挑戦の言葉を述べさせていただくことになっています。

 

 

 「それがうざい」なんて言わないでくださいね。では、どうぞごゆっくりとお楽しみください。

 

 

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