図書館塔の妖精が難事件を読み解いていく『GOSICK』桜庭一樹


 図書館塔には妖精が住んでいる。それは、まことしやかに噂される怪談のひとつだった。

 

 

 我が校は長い歴史を持つ由緒正しい学校である。中でも目につくのは、膨大な蔵書数を誇る図書館塔だ。

 

 

 その知識の威容には圧倒されるものの、生徒からの評判は良いとは言えない。というのも、長大な階段と雰囲気が由来している。

 

 

 古式ゆたかな方式を未だ重視しているそこは、蔵書の検索機器すらなく、年老いた司書ひとりによって管理されているらしい。

 

 

 光源は乏しく、人もいない中にただ本だけが並べられているその空間の雰囲気ははなはだ不気味である。

 

 

 さらに、階段は長大で、エレベーターすらないのだ。上るだけでも足腰を鍛えることができるだろうが、老朽化した階段でそんなことをする人間はいない。

 

 

 はたして、図書館塔の頂上には何があるのか。階段を見上げても暗闇ばかりが広がっていた。そこに何があるのか、知っているのは管理人だけだと言われている。

 

 

 不気味な雰囲気と歴史ある建物、そして階段の先に残る謎。無数の本が並ぶ異様な空間。

 

 

 つまるところ、怪談が生まれるにはこれ以上ない温床だということである。いわゆる、学校の怪談、というものだ。

 

 

 『図書館塔の頂上には妖精がいる』。その噂話を聞いたことがない生徒はいないだろう。学校に伝わる七不思議のひとつだ。

 

 

 そして、私は今、その図書館塔にいる。入学して一年経つが、この場所を訪れたのは初めてだった。

 

 

 こんなことなら、授業中に居眠りなんてするんじゃなかった。そうすれば、弱みを握られることなく、先生にこんな役目を押しつけられることもなかったのに。

 

 

 私はこれを返してきてくれと持たされた何冊かの本を抱えたまま、途方に暮れた。果ての見えない天井を見上げる。

 

 

 雰囲気が怖いとか、妖精がどうのとか、そんなことよりも何よりも、今からこの本を返すために階段を上らないといけないのかと考えると気が遠くなりそうだ。

 

 

 私ははあとため息を吐く。手の中にある本がずっしりと重く感じられた。それがまるで重石でも抱えているようだった。

 

 

 ふと、寒気がした。ぞわぞわと身体を震わせる。不気味な雰囲気のせいだろうか。早く用事を終わらせて帰ろう。

 

 

 私はどんよりと重たい足で老朽化した階段の軋む音を奏でた。どこからか、生ぬるい風が吹いたような気がした。

 

 

塔の上の妖精

 

 図書館塔の頂上には大きな部屋がある。鍵のかけられた、決して開けることのできない大きな部屋だ。

 

 

 その中にはひとりの妖精が囚われている。出ることもできないまま、長い時をただひとりで過ごしてきた。

 

 

 彼女は透き通るような白い肌をした、細く長い手足を持つ、長く美しい金髪の、目も眩むような美女である。

 

 

 その姿はまるで精巧な人形のようで、表情に乏しく儚げで、あまりに人間離れしているという。

 

 

 しかし、性格は容姿に反して悪戯好きで、我儘で、それでいて寂しがり屋らしい。

 

 

 自分のもとを訪れる人間には上から本を落としたり明かりを消したりといった悪戯を仕掛けるが、それもすべて構ってもらいたい本心からきているのだという。

 

 

 それが『図書館塔の妖精』の怪談である。これを、その場その場でおどろおどろしく尾ひれをつけて飾り立てるのがいつものことだ。

 

 

 しかし、やはりそれはあくまでも怪談なのだろう。随分と上階まで登ってきてしまったが、何事もなく、私はようやく最後の本を本棚にしまい込んだ。

 

 

 ふうと一息ついて痛む腰を押さえて身体を反らす。すると、ふと、天上に向いた視線の隅に、何やらきらきらと輝くものが見えた。

 

 

 よく見てみると、それは髪のようであった。金色の、髪。私の脳裏に妖精の怪談がよみがえる。

 

 

 私は恐る恐る近づいた。すると、風が吹いて燭台の灯りがふっと消える。私は目を見開いた。暗闇の中に金色の髪だけが輝いている。

 

 

 背筋が凍る。明かりが消えて、それから、なんだっけ。私は身体を震わせながら、その光を見ていた。

 

 

 突如、間近で大きな音がする。私は悲鳴を上げて一目散に逃げだした。階段を落ちるように駆け下りていく。

 

 

 誰もいなくなった図書館塔の階段で、寂しげな小さな呟きだけが、風に吹かれて消えていった。

 

 

囚われの少女が謎を解き明かすミステリ

 

 大きくて黒いものが横切った。犬だ、と子どもは思った。宵闇にまぎれる、闇のように黒い犬。猟犬だ。

 

 

 子どもは思わず、数歩、後ずさった。ぐしゃり。足の裏に、いやな感触がした。柔らかく、生暖かい液体を含んだ何かを踏んだ。

 

 

 野兎だ、と気づいた。顔を上げた。猟犬の閉じた口蓋から、一筋の生々しい血がぼとり、と落ちた。

 

 

 ふいに雷鳴がとどろいた。白い閃光に、その村はずれの屋敷が浮かび上がった。誰も住んでいないはずのそのテラスに、見たこともない姿をした何者かが座っていた。

 

 

 頭から赤いリンネルの布を被った人間が、車いすに座っていた。布の中から、枯れ枝のごとく痩せ細り、あまりに老いた手が一本だけ、にょっきりと突き出ていた。

 

 

 ふいに、老いたしわがれた声が響いた。まるで、この老婆が口にした不吉なことが片端から現実になるような恐怖を覚えた。

 

 

「一人の青年が、もうすぐ、死ぬ、だろう。その死がすべての始まり。世界は石となってころがり始める。大きな箱を用意するのじゃ。それを水面に浮かべよ」

 

 

 誰もいなかったはずのテラスから、無数の男たちの声が響いた。雷鳴がとどろき、白い閃光に、テラスと庭が照らされた。

 

 

 テラスには、赤い老婆と、それを囲む人間たちがいた。庭には、十匹以上の野兎が必死で逃げまどい、それをさきほどの猟犬が追い回していた。

 

 

 次の瞬間には、雷鳴は去り、再び闇が屋敷と庭を包んだ。静寂。やがて、テラスから老婆の声が響いた。

 

 

「そして……〈野兎を、走らせろ!〉」

 

 

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