これで三人目だ。そして、四人目もまたすぐだろう。それが誰になるかは誰にもわからないけれど。
この学校に入る前から噂には聞いていた。しかし、所詮はちょっと変わった怪談話でしかないのだろうと思っていた。
それが間違いだったと知った時にはもう遅かった。ここは捌かれるのを待つ家畜場でしかない。
一人目は教室だった。野球部の打ち込んだボールが窓ガラスを割ったのだ。彼は窓際の席で本を読んでいた。
その本は綾辻行人という作家先生が書いた『Another』という作品だったらしい。
ミステリの要素も含んだ、本格ホラーの傑作で、一時期話題になった作品なのだそうだ。
奇妙なのは、その本に書かれていた内容がこの学校に起きている現象とまるで同じようなものだったことだ。
もしかしたら、彼はその本から、この現象を解決しようという考えを持っていたのだろうか。
しかし、その本は今や彼自身によってもう読めないほど汚れてしまった。内容を知っていた彼はもういない。
窓際の席がひとつだけ空席になってから、二人目まではそう間を空けることなく起こった。
二人目は視聴覚室だった。スクリーンに映ったぶら下がる彼女の姿に教室中がパニックになった。
原因は電気配線が絡まったらしい。彼女は先生の手伝いとしてプロジェクターの操作をしていた。
どういう経緯でそうなったのかはわからない。暗闇の中で、彼女が何をやっていたのか、それは先生すらも見ていなかった。
だが、暗闇よりも確かに明るみに出たのは、教室に並んだ椅子の二つが空席になったということだけだ。
そして、三人目は彼女の恋人だった。彼女がいなくなってから、彼はどことなく青白い顔でぼーっとすることが増えていた。
どこか思いつめるような表情が気にかかっていないかといえば嘘になる。しかし、後になって、どうしてその時に声をかけておかなかったのかと後悔した。
彼は帰り道だった。その現場は凄惨なものであったという。噂でしか聞かないからこそ、怖ろしいものだってある。
ふさぎこんだように俯いていた彼は、ハンドルを取られて制御を失ったトラックに反応することができなかった。運転していたのは、一人目の彼の祖父だったらしい。
彼は電柱とトラックに挟まれてぺちゃんこになった。運転していた老人は直前に持病で意識を失っていたらしい。
今ではもう、どちらもいないのだから、真相は現場で見て判断するしかなかったそうだ。ともあれ、それが三人目だった。
我々にできることはひとつだけ。次は自分ではないようにと祈ることだけ。いずれは、この身にも降りかかるであろう災厄が、少しでも遅れることを。
怖ろしいのは
図書室の席には夕方の橙色が差し込んでいる。私は読み終えた本のページを閉じた。
読んでいたのは図書室で見つけた一冊の本だ。一人目が読んでいた『Another』。上下巻に分かれたそれを、今、ようやく終えた。
ホラーなんてのは、例えば、幽霊であったり、怪物に襲われたり、いろんな形のものがある。
要するに、人間の恐怖というものが、それだけいろんな形を持っているということなんだろう。人間そのものすらも恐怖になり得る。
でも、何より怖ろしいのは、やはり理屈がわからないことではないかと思うのだ。
どうしてそうなるのかわからない。でも、たしかにそうなっている。どうやって対処すればいいのか、何もわからない。
抗うことすらできない、未知の恐怖。それこそがやっぱり一番怖ろしいものなのだと思うのだ。
私たちの身に降りかかっている現象。理由もなく、理屈もないからこそ、私たちはただ怯えて過ごすしかない。
他にどうしようもできないのだ。まさに逃げるところなんてどこにもなかった。
私は読み終わった本を返すために立ち上がって、収まっていた本棚を探す。然しその時、なにか、嫌な音がした。
巨大な本棚が私に迫ってくる。圧倒的な言葉の重圧。私はそれをどこか悟ったように見つめていた。
「ああ、そうか」
私が、四人目か。小さく呟いたその言葉が、私の最期の言葉となった。
その現象には抗えない……
……ミサキって、知ってるか。三年三組のミサキ。それにまつわる話。苗字かもしれないから女とは限らない。そういう名前の生徒がいたんだってさ、今から二十六年前に。
あたしが聞いた感じじゃあ、その子は男子生徒ね。でね、なんだかその年にその子のクラスで、とっても不思議な出来事があったって。
だけどそのことは秘密になってて、むやみに人に話したりしちゃいけないんだ、とか。おもしろがって話したら悪いことが起こる……って。
そいつさ、一年のときからずっとみんなの人気者だったんだ。学力優秀スポーツ万能、そのうえ容姿端麗、ほんと、非の打ちどころがないようなやつで……。
ミサキは性格もすごく良かったっていうんだ。誰にでも優しくて、適度に砕けたところもあって。とにかくまあ、人気者だったんだよ。
ところが三年に上がって、クラス替えで三組になったそのミサキが、急に死んでしまったのさ。
突然そんな悲報を聞いて、同級生たちはみんな、ものすごいショックを受けた。信じられない! と、みんなは口々に叫んだ。
……そんな中でふと、誰かが云いだしたんだ。ミサキは死んでなんかいない、今もほら、ここにいるじゃないか、って。
すると、その言葉に賛同する生徒が次々に現われた。ほんとだ、ミサキは死んじゃいない、生きている、今もそこにいる……。
人気者の突然の死を、誰もが信じたくなかった。クラスではその後もずっと、それが続けられることになったんだ。
クラスの全員がその後も一貫して、「ミサキは生きている」というふりをしつづけることにしたのさ。先生も全面的に協力したっていう。
そんなふうにして結局、三年三組のみんなはその後の中学生活を送ったわけ。基本的には、これってある種の美談なんだよな。ところが、最後におっかないオチがつく。
卒業式のあと、教室で撮った記念写真があったらしいのさ。後日、できあがってきたその写真を見て、みんなは気づいた。
クラス全員のその集合写真の隅っこに、実際にいるはずのないミサキの姿が写っていた、ってさ。死人みたいな蒼白い顔で、みんなと同じように笑ってたって……。
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