どうしてこうなったのだろう。私は呆然自失としたように脱力して、救いを求めるように天を仰いだ。
いや、理由はわかっていた。他ならぬ、自分自身の怠惰が招いた結果であると。
しかし、それでも、知っていたとしても、認めたくはなかったのだ。誰かのせいにしたかったのだ。
私自身の甘えが、この今の私の身体を生み出した。瞼が重く、身体に力が入らない。
あの頃は幸せだった。身体の奥底から活力が泉のように溢れ、なんでもできるかのような万能感があった。
それが、どうだ。今の私は軽く動くことすらできない。こうして目を開けていることさえ限界なのだ。
西尾維新先生の『憑物語』を思い出す。つい先日、読み終わったばかりの作品だ。
阿良々木暦は吸血鬼の力に甘えてきた。しかし、その結果、彼は代償を決して取り返せない形で支払うこととなった。
私の今の姿が彼と重なる。もう、あの頃に戻る事は出来なかった。
今さら後悔することなんて遅かろう。できることならば、過去のあの頃に戻りたかった。
自分の過ちを、正したかった。いや、それとも、たとえ戻ったとしても、私はまた同じ過ちを犯すだろうか。
過去はいくら悔やんでも戻らない。そんな当たり前のことを、私は今更ながらに自分の身体で知るところとなってしまったのだ。
代償はいつだってついてくる。得たものが大きいならば、それだけ代償も大きいはずなのだ。
どうしてあの頃の私はその代償なんて、と知らないふりができたのだろう。私はそれを知っていたはずなのに。
彼女が私を心配そうに見ている。しかし、その美しい瞳に答える言葉を、私はすでに持っていなかった。
喧騒も、音も、彼女の瞳も、ゆっくりと闇の中へと消えていく。私はそれに抗う術を持たない。
眠ってはいけないと本能が告げる。眠ってしまったらおしまいであることがわかる。それなのに、瞼は重たく意識は薄い。
こらえるのも限界だった。過去の私はどうしてこんなことをしたんだと恨んだ。それもすべてが闇の中へと消えていく。
私の意識が最後に目にしたのは、私を見つめる彼女の瞳だった。
身体を蝕む
そもそも、昨日、あんなに無理をして本を読むことはなかったのだ。
『憑物語』は人によってそこそこに分厚い作品で、読むのにも相応の時間がかかる。
だが、私は我慢できなかった。先の展開が気になって仕方がなかったのだった。
眠いものは眠い。だが、読みたい。欲望に負けた私が用意したのは、机の上に並ぶ数本の缶。
それは翌朝には全て空き缶となった。そして、私は読み終えた本を閉じた。その頃にはまだ眼が冴えていた。
私が飲んだのはエナジードリンクである。これをがぶ飲みした私は夜通し起きて本を読むことができたのだ。
しかし、その揺り戻しは授業の最中に訪れた。とにかく眠い。瞼が重くて仕方がなかった。
しかも、その日はよりにもよってやたらと厳しい国語教師の授業があるのだった。その最中にピークを迎えたのだ。
身体が重くて仕方がない。眠らまいと手の甲を必死につねっても効果がなかった。頭が揺れる。世界が白い靄に包まれていた。
心地よい微睡みは後頭部に感じた衝撃によって掻き消える。目を開いた私の目の前には鬼の顔がある。いや、鬼教師の顔があった。
ああ、本当に、代償は重たい。あんなことなんて、するんじゃなかった。私は自分の部屋にころがる空き缶の山を思い出して、後悔の波に襲われるのであった。
今まで目をそらしていたことの清算
斧乃木余接は人形である。人ではなく、生き物ではなく、尋常ではない。それが斧乃木余接、式神としての憑喪神である。
見た目はかわいらしい童女であれど、その本質は怪異であり、妖怪であり、化物であり、魑魅魍魎の類なのだ。それゆえに、人間社会とはどうしようもなく相容れない。というわけではない。
彼女は作りとして人を模している。模しているということはなろうとしているわけではない証明だ。
あくまでもそれは、人間社会に紛れるための手段であり、あるためでも、なるためでもなく、いるためのものだ。
人は自分の知っている言葉でしか現実を語れない。怪異が現実世界にあるものを模しているのはそのためだ。
観測する者がいなければ、観測される者もいない。どんな怪異譚も、語られることがなければ、それはないのも同じである。
怪異とは、つまるところ思い入れだ。しかし、どんな怪異譚も、話し続ければ、ただの雑談と並んでしまう。
どんな物語にもエンドマークは打たれる。これから始まる人形の話は、僕がそれを知ったという話なのだから。
だからこれは終わりの始まりだ。阿良々木暦という人間が、阿良々木暦という僕が、終わり始まる物語だ。
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