犯人は嵐が丘の幽霊?『”文学少女”と飢え渇く幽霊』野村美月


「亡くなった人を蘇らすことは可能だろうか」

 

 

 彼の言葉を、私は笑おうと思った。それが冗談だと思ったからだ。けれど、彼の瞳に爛々と輝く妄執を見て、彼は真剣に言っているのだとわかり、私は背筋を伸ばした。

 

 

 彼の恋人が若くして亡くなったのは、不幸な事故としか言いようがなかった。悪意も過失もない、誰も恨むことができないような事故で彼女はこの世を去った。

 

 

「……彼女のことか」

 

 

 私が聞くと、彼は頷いた。やはりか、と私はひとりごちる。だが、どうにも腑に落ちないところがあった。

 

 

「どうして彼女にこだわるんだ。お前は彼女と付き合っているというよりは彼女から一方的につきまとわれていたし、お前自身は彼女を好きじゃなかったんだろう」

 

 

 彼らはたしかに付き合っていた。しかし、それはしつこく告白をしてくる彼女に、彼が根負けしたからだと聞いている。

 

 

 私が見た印象も、彼女が彼に対して好意を前面に出しているのに対して、彼の方はどこか冷たい印象を受けた。

 

 

 それどころか、友人に向けて、彼が彼女の愚痴を言っているところすら、何度も見たことがあるのだ。だから、私たちの間では、彼は望まず付き合っているのだと思っていた。

 

 

 しかし、彼は私の言葉に対して、私を睨み付ける。それは、今にも私を突き刺さんとするような、苛烈な憎悪の視線だった。

 

 

「お前は余計なことを言わなくていい。いいから、俺の質問に答えろ」

 

 

 低い声で、彼は私を据わった眼光で見つめる。私はぞっとするような思いだった。彼はかつてはこんな人間ではなかった。何が彼をここまで変えたのだろう。

 

 

 大して好きでもなかった彼女を失ったことが、彼にとってそこまでの妄執を抱かせるまでの出来事だったのだろうか。

 

 

 思えば、彼女を失った直後から、彼の様子はおかしかった。私たちは曲がりなりにも恋人を失ったからだと思っていたが、その異常はむしろ悪化していった。

 

 

 誰にでも気さくで爽やかな好青年だった彼は、難しい表情で押し黙るようになり、剣呑な目つきに変わっていった。

 

 

 口調は乱暴なものになり、性格も荒々しくなった。いつも何かに苛立っているような彼の態度に、今まで仲良くしていた友人たちも距離を置くようになった。

 

 

「答えろ。亡くなった人を蘇らす方法はあるか」

 

 

 その答えは誰もが知っているはずの、常識的なことだ。けれど、今の彼はそれを否定したくないほどに追い込まれている。それなら、私の答えはひとつだ。

 

 

「そんなの、あるわけないだろ」

 

 

 亡くなった人は二度と戻ってくることはない。私は、どうしようもない非情な現実をあえて冷たく言い放った。彼が、私にとって大切な友人だからだ。

 

 

妄執の虜

 

 俺は最近、自分のことがわからなくなっていた。俺は何がしたいのか。俺は何が欲しいのか。

 

 

 今でも付き合いを持ってくれている唯一の友人の言葉を聞いて俺が諦めたか。答えは否だ。故人を蘇らせる方法がないのは、聞くまでもなくわかっていた。

 

 

 それでも聞いてしまったのは、我ながらおかしな話だとは思うが、答えがわかっていながらも聞かずにはいられなかったからだ。

 

 

 彼女のことが好きだったのか。そう問われると、俺は多くの友人に答えたのと同じように、そんなに好きではなかったと答えるだろう。

 

 

 そして、その答えは、彼女が亡くなってからも、それどころか、こうして彼女を取り戻そうと必死になっている今でも、変わらない。

 

 

 彼女は美人だったが厄介な性格の持ち主で、一度思い込むと他人から何を言われようと相手にしない自己中心的な女だった。

 

 

 俺に好意を持ったらしい彼女からの告白を俺は振った。しかし、彼女はそれでもしつこく俺につきまとうようになった。

 

 

 彼女でもないのに俺に近づく女に牽制をし、俺に好きだと言って家にまで押しかけてくる彼女を煩わしく思っていた。

 

 

 そうだ。俺はむしろ、彼女のことを嫌っていたはずなのだ。

 

 

 それなのに、彼女が不幸な事故でこの世を去ったと聞いた時、俺はこれまでに感じたことのない喪失感を味わった。

 

 

 それは日に日に増すばかりで、俺は彼女を取り戻さなければと強く思った。彼女はもう、俺の手の届かないところに行ってしまったというのに。

 

 

 俺は彼女を蘇らせる方法を調べることにした。本を読みふけり、どれほど胡散臭い方法であっても、頭の中にすべてとどめた。

 

 

 しかし、そのどれもが俺の望む方法ではなかった。焦燥に駆られた俺は、ある一冊の小説に目をつけた。

 

 

 それは『”文学少女”と飢え渇く幽霊』という作品だ。『文学少女』シリーズとして親しまれていて、その作品は二作目に当たる。

 

 

 本が食べてしまうほど好きな文学少女、天野遠子と元美少女作家の井上心葉が持ちかけられる奇妙な依頼を解決していくというものだ。

 

 

 テーマとなる作品になぞらえたストーリーはその作品が好きな人たちにはたまらないだろう。しかし、俺にとってはストーリーは面白かろうが大した意味はない。

 

 

 俺が気になったのは、その本に出てくる”幽霊”だった。亡くなったはずなのに、再びこの世に蘇った存在。

 

 

 これだ。この方法を使えば、彼女は再び俺の前に戻ってきてくれる。俺を、許してくれる。

 

 

 俺は顔を上げた。目の前にあるガラス窓に、爛々と妖しく目を輝かせた哀れな男の姿が映っていた。

 

 

文芸部のポストの前に現われた幽霊

 

 校舎の三階の西の隅に、ぽつりと存在している部室は、壁際に古い本の塚が築かれ、表面がでこぼこになった古い樫の木のテーブルが置いてある。

 

 

 夕方になるとぼくは、がたがた揺れる古いテーブルに向かい、原稿用紙のマスを埋めてゆく。その間、遠子先輩はパイプ椅子に足を乗せ、至福の表情で本のページをめくる。

 

 

 妄想を展開させていた遠子先輩が、突然ぱちりと目を開け、にこにこしながら身を乗り出してきた。

 

 

「もしかしたら中庭のポストに、甘~いお手紙が届いているかもしれないわ」

 

 

 それは遠子先輩が不法設置したポストで”あなたの恋を叶えます”なんて書いてある迷惑な代物だった。

 

 

 パイプ椅子からひらりと飛び下り、陽気な足取りでポストを見に行ってしまった。一人残されたぼくはため息を吐いた。

 

 

 風をはらんで膨らむカーテンの向こうに浮かぶ白い雲を眺めていたら、遠子先輩が細い肩をいからせて戻ってきた。

 

 

 手にした紙をテーブルにばら撒いて憤慨する。大学ノートを適当に破った小さな紙きれで、そこに鉛筆で走り書きがしてある。

 

 

 醜く引き千切られた紙片に踊るおどろおどろしい文字を見て、ぼくは目を見張り、息を呑んだ。ただ数字が並んでいるだけの紙もある。

 

 

「今日から中庭で張り込みをするんだから。これは先輩命令よ、心葉くん」

 

 

 こうして、期末試験までの貴重な数日間を、ぼくは遠子先輩と一緒に、中庭で過ごす羽目になったのだった。

 

 

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