光の転生王子が国を覆う闇を打ち払うファンタジー『転生王子と光の英雄』楠のびる


 彼は英雄だった。彼がいなかったら、今頃、この国はもうすでになかっただろう。

 

 

 彼が鍛錬している姿を見たことがある。その頃はまだ、彼は英雄ではなく一介の兵士のひとりに過ぎなかった。

 

 

 汗を流しながら木でできた人形に剣を打ち込む彼の表情は張り詰めていた。私はその真剣な瞳から目が離せなかった。

 

 

 しかし、私の存在に気付くと、彼は汗を拭いながら私に笑顔を見せてくれた。跳ねた汗に日の光が当たってきらきらと輝いていた。

 

 

 いつからだったろう。彼の笑顔を見ることがなくなったのは。

 

 

 隣国との関係の悪化により、彼を含めた兵士たちは死地へと駆り出された。攻めてくる敵に立ち向かうために。

 

 

 帰らない兵士たちの話に泣き暮れている人たちを見るたびに、胸が締め付けられそうだった。

 

 

 どれだけ不安だったろう。戦いの状況は誰も教えてくれない。ただ、攻めてくる敵の姿に怯えて震えていることしかできなかった。

 

 

 国は何も助けてはくれない。ただ、帰れなくなった兵士の家族への無機質な報告だけが、唯一の彼らがしてくれたものだった。

 

 

 そうして、不安と恐怖の暗雲に長く青空を隠されていた中、その分厚い闇の時代は唐突に終わりを告げた。

 

 

 帰らないことをずっと不安に思っていた彼は当然のような顔をして帰ってきた。

 

 

 国を救った英雄として。

 

 

英雄の苦悩

 

 彼がどうしてあんなことをしたのか。誰も彼もが彼に疑問を呈した。かつては英雄として称えた彼を。

 

 

 彼がいなくなったのは突然だった。英雄として称えられ、国王から莫大な褒美を与えられ、今後の彼の人生は輝いていたはずだった。

 

 

 それなのに、彼は忽然と姿を消した。それは何者かに襲われただとか攫われただとか、そういったことではない。彼は自ら逃げたのだ。

 

 

 人々は彼の失踪について口々に好き勝手噂した。しかし、どれも要領を得ることはなく、やがて彼の噂は少しずつ消えていった。

 

 

 しかし、私はどことなく彼が姿を消した理由がわかるような気がするのだ。彼が残していった剣と鎧を見て、そう思う。

 

 

 英雄という呼び名は、それを言われたその瞬間から、人間ではなく英雄として扱われてしまうのだ、と。

 

 

 君がいてくれればこの国も安泰だ。これからも国のために戦って敵国から守ってくれ。つまり、彼らは英雄である彼に戦いを望んでいるのだ。

 

 

 戦えば傷つく。もしかしたら命を落とすことさえある。それなのに、そんな当然のことを心配されない。彼らは名誉であると言わんばかりに笑顔で、彼を死地へと送りこむのだ。

 

 

 たとえば、もしも英雄を称賛する彼が自分の家族を戦わせるかといわれれば、多くは嫌だと言うだろう。知り合いであっても違うかもしれない。英雄と彼らは違うのだ。

 

 

 彼らは英雄も自分たちと同じように戦うのが嫌だとは思わない。彼らは英雄も自分たちと同じように家族があるのだとは思わない。

 

 

 それはなんて残酷なことだろう。守るために必死に戦った結果が、国から戦うための武器として扱われることになってしまうのだから。

 

 

 彼は人間だった。彼は英雄になんかなりたくなくて、彼はただ人間としていきたかったのだろう。

 

 

 だからこそ、彼は逃げた。誰もが彼を批判することを覚悟して。守った相手から批判されることも承知の上で。

 

 

 彼は死にたくなかった。彼は人間として生きていたかった。英雄として扱われることが人間としての終わりなのだということを知ったのだろう。

 

 

 どうか、どこか遠くで幸せに。私は祈らざるを得ない。英雄という栄誉も何もかも捨て去って逃げた、誰よりも勇敢な彼の未来を。

 

 

国家を操る悪臣を相手に奮闘するTS転生ファンタジー

 

 市場には物が溢れ、城下町が人々が行き交い、子どもたちの笑い声が響く春を迎えた王都は、大国らしく平和を甘受していた。

 

 

 昼過ぎの心地よい春の日差しが窓から差し込む図書館の中二階。一番日当たりのいい席を子どもが陣取っている。

 

 

 彼の名はハーシェリク・グレイシス。この国の第七王子である。今彼が読んでゐる書物は歴史学の内容の、七歳の少年には不相応な難易度の高い本だった。

 

 

 彼は前世の記憶を持つ者、転生したものであり、前世の名は早川涼子という。日本で生まれ、上場企業で務めていた女性事務員であり、交通事故に遭ってこの世界の王子として生まれ落ちた。

 

 

 この世界に転生して早七年。三歳の時にこの国の現状を叱咤彼は、前世の知識を駆使し日々国に巣食う闇と戦い続けている。

 

 

 ハーシェリクが本に視線を落とした時、図書館と外を繋ぐ扉が勢いよく開かれる。開け放たれた場所にいたのは肩で息をしている役人だった。

 

 

 どうやら誰かを探しているらしく図書館を見渡しているようだ。彼はハーシェリクを探しに来たらしい。

 

 

 呼びに来た役人に連れられてきたのは、およそまだ幼い王子が国は場違いな場所だった。重厚な扉が開かれた場所は、政治にかかわるすべての貴族と高官、将軍、そして国王がいる議場だったのだ。

 

 

 議題は、王国の南西にあるアトラード帝国が国境沿いに軍を配備したことに関する対応策についてである。

 

 

 砦の兵士たちとの兵力の差もさることながら、一番の問題は兵士たちの士気があまりにも低いことだった。

 

 

 今まで王の隣で、会議の進行役をしていた大臣が口を開く。その一言で部屋の空気が張り詰めたのがわかった。

 

 

「ハーシェリク殿下に軍の士気を上げるため、戦線に出向いていただき、兵士たちを激励していただきたいのです」

 

 

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